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■税金の「無駄遣い」  黙って見ている 

ブログ更新が滞っている…。


・フィルム微助人の第?期、進化期

とでも言おうか。

活動をしていて、壁にぶつかると方向転換を行う。ほぼ毎年?もしくは二年に一度、そういった進化を遂げている。「かべ」といっても、大したことぁーない。一つのロケ支援、一つの事業をやって感じること、会の目的が達成できているのか?と合致しない事業。合致した事業から、今後はこの事業に絞っていこう。といった選択をする。という意味。NPO法人となって、毎年「事業計画をする」必要があることは、ありがたいこと。


■「黙って見ている」 つらさ…
この一ヶ月(並行して3ヶ月)、取り組んでいることがあった。ロケ支援に追われていると見えなくなることがあるが、様々な壁を付け焼刃的な解決でなくて、大きく進化させようと思った。

それは、対行政でも、あって。


様々なアクションを試みた。小さな成功もあったが、大きな問題解決までには至っていない。

目の前で多額の税金が、県民の意思とは異なる形で使われようとしている。黙ってみてはいられない。その行動であった。だが、一つの会議を成立するだけで2ヶ月を要した。

何のために活動してきたんだ。ココでふんばらなきゃと自分を奮い立たせてみたものの。萎えた県民の意欲。(「私がやったところで何になるの?」という言葉を受けて、「やらないより、やったらちょっとでも変るじゃん」なんて人に言っている自分)を元にもどすには、まだまだ時間が必要。生活ができない。金がない。現実の問題は差し迫る。でもやらなきゃ。限界!の繰り返し。



今日、二週間前に開催された会議に出席した委員さんから応援?の電話があった。
「やり遂げなかったら、言わなかったも同じ」
「委員として切られない努力も必要」
「時間をかけてもやり遂げる」
「努力しなかったら、達成しない」
「わかるように、説明する」
「行政に頼らない県民の努力が必要」

ありがたい言葉だ。人のモチベーションをあげるために必死になってきたが、今じゃ自分のモチベーションが下がっている。今の私にはこの位(もっとでも)の厳しい言葉が必要かも。どれも当たり前の事として、だからフィルム微助人を立ち上げて活動しているわけだ。

が、これまでにもこういった言葉を頂戴するたびに思うのが、コレに取り組むことが本業の仕事と繋がっている人だということ。飯が食えている。私はそういうわけにはいかない。(もちろん、私と同じような環境で奮闘している人もいる。なけなしのお金を募金したりする人もいる。)


話しそれただ。

歯がゆい思いなのだ。目の前で、「こんなんでいいんじゃなーい」といった根拠のない議論で、多額の税金が使われていく。それに提起する場にいるのに、何もできない。(発言したら、発言した責任を最後まで負えない今。もちろん発言しているけれど、それだけじゃ通らないからね)

目的は何なのか?何のためにこの事業をやるのか?成功は何か?を考えるのではなく。誰かの趣味や、面倒なことはやめておこうとか、有名だから呼ぼう。といった発想で議論が行われる。せめて、これで参加動員が見込めるのか?といった議論もない。


そんなわけで、超なえて、ブログ更新もままらず…。
とりいそぎ、たまった本業の仕事をこなして、(自分の)気力の回復を待っているこのごろです。生活できないとパワーも出てこないからのぉー
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■やった方がイイことに目をつぶる  

3月末からフィルム微助人以外の活動に時間をさいている。
運営のなかで「自分マネジメント」的にいうと、苦手なことを一つ気づいた。

・「やった方がイイとわかりつつ、見てみないふり」が良きとする関係。
・「やった方がイイとわかりつつ、議論しない」苦痛。

日頃、フィルム微助人はじめ、自分がリーダーシップをとれる居場所では、「こうした方がイイね」「でもこっちの方がもっとイイ。じゃー今回はこのやり方でいこう」という選択をしながら。時間はかかっているんだろうが、関るスタッフが納得しながらできることと、次の経験に生かされる。

新しいスタッフが増えると、この経験や議論が引き継がれないコトも実際にあるのと
IIHOE川北氏方程式でいうと、調べる、比べる、確かめるといった作業はないがしろにしているし、十分吟味した上でやりたいこと、やりかたを選んでいるまでには到達していないが…。


久々に外へ出て、短期間熱心に打ち込んでみたところ、
川北氏方程式以前に、「やった方がイイ」を考える、議論するは、面倒なこと。では、本来の事業の目的はどこにあったのか?と振り返る目的も、振り返ることさえ「そんなまじめにやらなくても~」という輪のなかに自分がいることに気づく。様々な団体に関ることで、運営方式や組織形態など実体験で得られるものがある。イイなと思ったことを採用し、反面教師でありたい。などと近頃実感した。

そこで、別組織では、「やった方がイイことに目をつぶらない」で行こう!と、モチベーションのさがりっぱなしの雰囲気のなか、仲間へ再度呼びかけたいとと準備をしている。そこでは、敬愛する人生の先輩方がたくさんいる。いい言葉を頂いた。
「これまで豊かな議論をしてきた。事業に生かすために、検証と反省を行う必要がある」

まだまだ自分の言葉になっていないが、川北方程式の「ふりかえり」。過去の議論は豊かであった。生かす必要。そして検証を行う場を作ること。

フィルム微助人内でも行いたいが、どうやっていいのか、手順が検討もつかない。まずはこの組織でやってみて、フィルム微助人で生かせたらと。そんな悠長なことを言ってる場合じゃないのはわかっちょるが、判断材料を集める作業にもうしばらく時間をかけたいのー。



■ピーター・F・ドラッカー本 役立ってます 

今日は、所属する青年会議所の新入会員育成セミナーだ。議長を務めることとなり、先週末からプログラムと資料つくりに勤しんでいる。

今回いただいたテーマは「活動の目的、事業を知り、即戦力となる人材を育成する」こと。

微助人の新入会員育成プログラムも作れていないのに、日々打ち合わせ、資料つくりと徹夜が続いた。ようやく今しがたできあがった。ふー。パジャマのまま。2時間後には会場でリハーサル。当日本番のリハーサル。シュミレーション通り進められるのか?自分。

今36歳だから、20年以上、感覚的に学んできたものを、人に教えるという機会を与えられ、ここんところセミナー等で勉強してきたことが役に立ちそうだ。川北氏の「組織を育てる12のチカラ」ピータードラッカー氏の「非営利組織の成果重視マネジメント」を参考資料として、今日のプログラムを正味2日間で作ることができた。まだまだ不十分だが、涙を流しながら青年会議所の理事を受けた29歳のときを思い起こせば、何とか成長してきたと、自分を褒めている。

昨晩、といっても夜中の3時。高校生の娘に時間通りに納まるか。余分なこと、意味不明な流れがないかタイムキーパーもかねてシュミレーションに付き合ってもらった。毎回、資料作りには、娘の力を借りるわけだが、珍しくほめられた。

通常はフィルム微助人の資料で意見をもらうんだが、これまで娘には「いまいちだ」といわれ、納得のいくものは作れていない。そう考えて比較してみると、所属して14年がたつ。入会したときにはすでに40年の歴史をもつ青年会議所と、自ら作り出したフィルム微助人では、勝手が違うよなーと今日のところはあきらめることにした。組織それぞれ、目的は異なれど、組織運営マネジメントについては全て共通する。だどもそれぞれの組織形態や会員ルールなどのしばりによっても、実際にどんなマネジメントを選択すればいいのか。失敗による体力の消耗をおそれるあまり、まだ歴史の浅いフィルム微助人では、チャレンジができていない自分がいることに気づかされた。

準備80%本番20% 昨日は、こんな間際の仕事カンベンしてくれよーと涙が出たが、終わってホッとする。さぁーいよいよ本番だ。パジャマを脱ごう!っと。

■地域の活性化にも繋がると思うから次も参加する 

三日に一度へこみます。そんな繰り返しを10年やっている。へこみ脱却からの成長は喜びがありますが、成長が期待できない悩み事には無力感が蓄積される。無力感で押しつぶされそうです。年の変わり目、どんな年にしようかと思うと悪い方へ流れだす。

昨日青年会議所の賀詞交換会に出席し、いろんな方に励まされ、ようやく2008年最初の元気を取り戻せそうです。

そんななかホームページが更新され確認していたら、映画「DIVE」に参加したエキストラさんの感想を読んで更に元気になりました。エキストラ出演が地域活性に繋がる。そう思ってくれる人がいる。ことを確認した喜び。声に出し、文字にして、表にだしていかなきゃね。机上論を形にしよう。実践してそれが明らかだと実証してみよう!という会立ち上げ創世記から月日がたち、それなりに熟練したこともあって、今はどう継続していくか、どう発展させていくか。自分の気持ちを整理するのに時間を要しそうですわい。自分の生活より活動を優先するための確固たる意義を見出したい。

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なおみさんから
「映画が好きなので少しでも参加出来た事に喜んでいます。 また地域の活性化にも繋がると思っていますので、今後も是非参加させて頂きたいと思っております。 」

★支援作品のスタッフレポート、エキストラ感想はこちらからご覧くださいませ。
フィルム微助人公式サイトの「こんなロケやっちゃいました

■行き着くところは、やはり行政の力なのか 

先日、行政の方からヒアリングの申し込みを頂いた。テーマは「地域感覚を身に着ける勉強会」。ぼそっと「金子さんのブログ拝見しました。行政に言いたいことがあるんですよね?」と。

「あー確かにそう言われれば、行政に対しての投稿が多いですよね」
「こんなんじゃいけない!何とかせねば!という発想が、活動の大半を占める源なんで、どうしても愚痴っぽくなってしまうのが私の反省材料です。うんでもって、自分達でできることはトライしても、乗り越えられない壁となるのが、対行政となるわけですね」
と頭を整理しつつ話してみた。

■大昔、こんなことを考えた。「行政はすげかえられない」
商売人として消費者として、商品や定員の態度が気に入らなければ店を変えればイイ。だけどもだっけど…。電気代が高いからといって電力会社を選ぶことはできない。諸外国では、水力を使うかなど選択ができるというが…。(最近は固定電話は企業を選べる時代になった。)電気、ガスと同様、街のことで気に入らないことがあっても、行政を選ぶことはできない。東京在住のときは、子ども持つときには世田谷区に引っ越そうなどという選択肢もあったが。生まれ故郷の沼津に戻って商売を手伝うなかで、長泉町に住もうという選択はない。

そんななか、行政もコンペで選べる時代になったらいいのに。などと考えた。
どんな街にするか。ビジョンを描き、特色のある街、最大公約数の人が住みやすいと考える街にしていくために選挙があり、公約があるのでしょう。公約といっても実現されないことがあるので、最近になってマニフェストが流行っているが、守られているんだかどうなんだか。ってな。具体的な施策や期間や数値目標って、なんだか「できない子供に、整理整頓しましょう」って書いた紙を壁にはっておくような感じがしちゃう。できる子は、着々とやってますからぁー。この市長になって街が変わった!と実感することって体験がないのでわからんが、横浜は変わったと言われている。宮城県も変わったのかなー?新聞やニュースで見る限りなんで、在住者でないとわからないことだが。

言ったことを守る。目標にむかって実現する。他者(在住者、消費者)の評価を求める。問われる。競争によって、イイもの(商品、街)ができる。商売と行政を同列に並べて考えてみたんです。そうすると、行政こんなんでいいの?と思う。選挙では市長を選ぶが、市長だけでなくて職員も選ぶことができないと変わらない。企業もコンペが優秀でもその実績が会社によって違うでしょ。実施できる能力があるのかは社員の腕だよね。

もちろん、営利企業と公共事業は大きくその性格は異なる。

■民間感覚
様々な行政施設で民間人の採用が流行っている。ニュースになるがこれもどうなんでしょう。行政と民間の間に多きな溝があることは確かですが、行政職員も同じ人間。同じ地域に暮らす人と考えているので、民間人の採用で大きな成果をあげた。なんていうのは恥ずかしいっていうか。喜べないニュースだと思うんです。

■優秀な職員は出世しない。
何度かブログで書いているように、優秀な職員や事業(やり方)はいくつかあります。がそういう人を見つけるのは、行政と一緒に何か仕事をしたことがある人しかわからないんじゃないかと感じる。すなわち、そう思える人が少ない。役職についていない。大きな力(影響力)をもっていない立場、社内空気になっていないのではないかと。

話それるが、ある市町職員が、出向で隣町にいきました。隣町の職員の影響力によって自分の市町が見えてきた。やりがいをもって仕事に取り組めて楽しいと。そんな彼に言いました。「じゃー帰ってきたらその力を発揮してね」と。彼は「いやー、今の職場や上司仲間だからできるけれど、たぶん戻ったら静かに暮らすこととになります。うんでもう一年出向をのばしてもらいます」ありゃま。そりゃ残念。若いからこれから先に期待するけれど。ちょいと前にも若くて意気込みのある職員が退職してしまって残念な思いをした。

まーこんな話は行政でなくとも、企業でも、NPOでもあることです。だけどもだっけど、行政はすげかえられない組織なので、未来永劫我々住民はお付き合いをしなくてはならない。よって能力が発揮できない。ではいかんじゃないかと思うんす。

ある行政人事職員さんに、この悩みを相談しました。「この分野にたけていて能力あるのに、なぜ他の課にいくの?」「逆にこの分野を理解していない人がこの事業の役職についちゃうの?」と。(異動の必要性は若干理解しているが、事業がガタガタじゃん)
どうやら行政職員としては優秀である。=民間人が優秀であると思える人ではない。図式なんだと解釈しました。「県職員としては優秀なんです」いやーそれがわからん、わからん。触れてみたことないからさ。もっと知りたいなー。

■話もどって、行き着くところは、やはり行政なのか
そんなわけで、物を買うのと同じく、街で暮らすには、対行政は必然です。でそこでいい思いもあれば、気に入らないこともあるわけです。お付き合いは未来永劫ですから愚痴ばかり言っているのも楽しくありません。気に入るように自助努力もしなくてはいけません。行政頼みでなく、自分達で街をよくしていこう。っていうやつです。で、そういう努力をしてきました。NPO法人を作るということは、公共サービスのニッチを担うわけですから。単発のボランティア、まちづくり活動ではなく、組織として継続していくぞ!と、覚悟を決めたNPO法人を作ったんです。職員はそれが本業であり、給料がでていますが、民間はNPOといった活動は職員とは異なりますから、相当な覚悟と努力が必要です。
で勉強したりしつつ歩み寄りをしていきます。で、ここで対等だと思っていた関係が対等でないと気づきます。最近流行の協働なんていう言葉もまやかしですが、行政委任員、タウンミーティング、補助金、業務委託。どれをとっても根本から違う気がする。職員も我々も同じ街に暮らす人。職員は職員の得意分野を生かして、我々は我々の得意分野を生かして、互いに協力しあって街を住みやすい街にしていくんだ。そう考えていたんだが、違うんだと活動をやればやるほど、民間と行政の溝、壁が大きいことを知りました。

■押してだめなら引いてみな
行政委任委員で事業を進めていく中で、たいしたことでないこと(委員は他に誰がいるのか?)をお願いした。が出せないという。ある委員が出せないならば、書面に書いてお願いするとか、礼儀を尽くして、段取りをへてやるだけのことをやってみてはどうか?と助言される。確かに、おっしゃるとおり。そりゃわかる。だどもさ、我々の目標は事業成功であり、こんなところでつまづいていては先が思いやられるぞ、と。互いに礼儀を尽くすことは大事だが、それ以前に委員を引き受けるにあたり、どんな事業をやるのかを考える上で委員は他に誰(分野に長けた人)がいるのか。を知らせることは前提だと思う。こちらが礼を尽くす。の以前でないか。とね。
たとえ話だが、こういったことってたぁーくさんある。そんときに、民間人の選択は2つ。(1)委員をやめる。(仕事も忙しいのに、そこまで労力かけられない)もしくは(2)要求をせずに黙ってついていく。(とりあえず委員でぇー)
商売ならありえない話だと思うんだ。提携先に企業とは対等でありたいと思うし、対等でない場合は互いのメリットを計算して条件を飲む。が、対行政では行政の常識で黙り込むことがまかりとっている。

大昔、街のことやるときに、私の意見も聞いてもらいたい。と思って、中心市街地活性化の行政委任委員になりたいと必死に動いたときがあった。委員になったら、決まったことに責任を持ちたいと思った。結果的にはできなかったんだが、委員として名を連ねる人はいつも同じ顔ぶれで、行政が決めたことだから我々には責任がないという。そんなのイヤだと思った。そんなんじゃ街は良くならないじゃんよー。飲み屋では不満たらたら言うのに、なんでその意見を会議で言わないのよ。と思う。

行政委任委員になると、人によってはハクがついたり、商売につながったりする。会議ではだんまりで、そんなんでいいのかとジレンマ。でもそういう人を選んでいる。という行政側の意図もあるから仕方ない。という堂々巡りだ。住民の意見を聞きました。とね。


■地域ニーズとは、時として批評でもある。それに耳をかたむけられる人、できない人。
自分ができているかと思えば、できていない事もある。可能な限り情報はオープンで意見を聞き、修正をして結果より良いものを創っていきたいと思う。聞き入れられない意見は、考えこまれていない、本人が実施する意欲ない、無責任な意見。匿名の誹謗中傷。
あんど、活動をしていて怖いのは、批評でなく、意見をもたないだんまりの人をつくってしまうこと。(囲まれること)そう考えている。

こうやってブログで日々の気持ちを書くことは、時として行政に対して批評となるんであろう。具体的なことは書いていないので、改善する余地はない内容ですが、良い街にしていこう。気持ちよいやり方ってどんなんだろう。を考えるための一つの手段であり、そういった意見があることを互いに耳を傾けることが必要だと思う。互いにといえば、行政職員の思いを語るツールなどもあったらイイ。ブログというツールは基本一方通行なので好きではない。先にブログで投稿したように「静岡県電子会議室」なるものが創れたら、職員も住民もそれぞれの立場で責任をもった意見交換ができたらいいなと思う。

■まちづくりに参画するのかしないのか 

「住民が育っていない」とか「住民を育てなきゃ」という言葉を聞きます。「若者が選挙にいかない」とも言われます。

若者が選挙に行くよう膨大な広告費を払っても解決しません。未来永劫に。さっきのブログ内容に続いてます。


世の中の役に立ちたい。という思いを持った人はたくさんいます。しかしながら、そのためにどこまで関われるか。となると話は違います。自分の生活をおいやってまで、世の中の役に立つことを最優先にし、どっぷりつかれる人は少ないです。結果、市民活動をする人、しない人という区分けになり、活動していない人は関心のない人にくくられる気がします。(いろんな会議で会う顔ぶれは馴染みになる)私の周辺では、ちょっとの関わりで世の中の役に立つような環境はないと思っている。自分の都合にあわせたボランティア(市民)活動ができる仕組みづくりができていない。

「住民が育っていない」という人は、ニーズをキャッチして、取り入れようとしないだけだと思うんす。世の中いろんな人がいるでしょうが、「世の中のために役立ちたい」という気持ちを持った人をたぐっていけば、相当な数になると思う。それぞれが役立ちたい。役立っていると感じる居場所や役割が異なるから、仕組みづくりは容易ではないけれど。最大公約数的なとっかかりは、「自分が役立っている」という体験機会をつくること。これは難しいことじゃないと思う。

「若者が選挙にいかない」のは、自分の一票で何か世の中(自分の生活)が変わるわけじゃない。と思うから。選挙に限らず、世の中にはいろんな社会問題があるが、自分には関係ないと思っている。

これを解決するには、自分も関わっている。という体験をつくることで解決の糸口、環境づくりができる。

最近、ボランティアに関わる体験プログラムやまちづくりリーダー養成講座、あわせてそういった活動を紹介する冊子やサイトが増えてきた。これも一考ではあるが、多くの人は、事務局側にとってお客様でしかないんじゃないか、まちづくりは習うもんじゃないと思う。「住民が育つ」まではいかないと思う。一部の人にとってはきっかけとなり街にかえってリーダーになりうる可能性はあるが。

■住民が関わる体験を作る 電子会議室
フィルム微助人をやるしかないか!と覚悟を決めたきっかけとなった(青年会議所内での)事業があって、当時夢なかばで実現できなかった「電子会議室」というのがある。その数年後、仲間が立ち上げは行った。(TMOぬまづ「まちづくり市民会議室」※ページ存在はしていますが休止状態っす)継続はできていないけれど。
・「藤沢電子会議室
・「大和市電子会議室

現在ではファシリテーター養成講座までできワークショップという言葉も馴染みとなったが、当時1997年、事業展開した頃は「まちづくりには住民参画が必要」と、ようやく静岡県でも言われはじめたばかり。開催したワークショップは初体験者ばかりであった。(講師は京都工芸繊維大学の谷口知弘先生)そんなヨチヨチ歩きの私に、藤沢の電子会議室は憧れのマドンナのような存在(どんな存在やねん)であった。

すごいのは、市制に対して、住民から意見をもとめる。それを市制に反映する。ただそれだけ。

ネットがこれほどまに普及していない時代にできたのよ。藤沢は、すごいやね。ネットの大きな利点は、住民の手元に届けられること。意見を求められる行政委任委員の会議は、平日昼間に行われる。そんなのに参加できる住民っておかしいよね。必然的に組織の代表やら町内会の会長やらになって年齢もせばまってくる。若者が市制に口出しすることなんてできまへん。当然ながら、政治にも興味持てません。いまや「mixi」がブームになっているように、幅広い層が自分の意見をネットで表現します。こんな時代がおとずれるとは、電子会議室で予測できたでしょうか。
電子会議室には24時間、自分の都合にあわせて意見を書き込むことができます。またその結果が市制に反映されますし、会議へも参加ができる。議事録は当然公開され、どのように自分の意見が反映されプロジェクトが進んでいるのかが見える仕組みができています。

意見は、担当部署に限らず、他部署、全職員が見ることができます。もちろんそれに対しての対応もしなくてはなりません。電子会議室によって部署間の横の連携ができるのは、当然のことのようですが稀な事例なので更に素晴らしい。ことだと感動したものです。

最初は、身近な問題からかもしれませんが、この体験で自分の意見が世の中に役立つことを知ると、他のこともやってみようという気持ちになってきます。そういった積み重ねが、「住民が育つ」ということにもなります。

沼津市でも遅れて市民意見箱というメールで意見を出すと答えてくれるというシステムがあり、一度体験しましたが、結果はトホホです。こんな部署は無いほうがイイ。税金がもったいないっす。(どこかでそういう意見があったことは伝えます。とだけでもなるんだったら存在価値はあるが)

フィルム微助人は、20代~40代の若い働く女性が活動していますが、どうしてこの活動に参加したのかを紐解いていくと、それは自治体の市民参画にも十分参考になります。町内会長でも、団体の会長でも、企業の社長でもない我々住民の意見が市政(県政)に反映され、住民も責任もって行動していく日がいつかくると信じて、いましばらく、自身の生活をおいやってこの活動を続けてみようと思う。倒れない日まで…。

■多額な税金を使ってまで文化をやらなくてはいけないのか? 

我々住民にとっては、観光だ、産業だ、景観だ、福祉だ、というジャンル分けは縁遠いが、まちづくり活動、市民活動をしていくと、行政との関わりは必然で補助金申請時にも、自分達の活動がどのジャンルに当てはめられるのかを明確にしなくてはならない。

数年前、(旧)東部行政センターの元所長さんのお声かけのおかげで、「文化」関連のパネラーで発言をさせていただいた。今でこそ恥ずかしい思い出だが、当時「文化」にうとい(意識していない)自分なりに勉強をしてのぞんだ。それから「文化」関連で委員で呼んでいただくようになった。(後に、2003年に開催した「CM劇場」というイベントを評価いただいていたことが判明。文化やっていたじゃん→自分。見ていてくれる人がいるのね~)

そうやって文化というものを考えるようになり、只今その真っ只中。
参考資料として、慣れない文化を考える上でとても参考になる資料を発見!(吉原宿佐野師匠のおかげ)

■芸術文化と社会をむすぶネットワーク会議
以前ご紹介したかな?「芸術文化と社会をむすぶネットワーク会議」の第一回目会議が終わり、その議事録がweb(PDF)にアップされている。14ページ目に注目してみた。
1)「国や地方自治体は多額の借金があるなかで、福祉や公共費用などやらなくてはいけないことがあるのに、多額な税金を使ってまで文化をやらなくてはいけないのか」
2)「行政には頼らない文化つくりも必要ではないか」
  一方↓
3)「文化は衣食住が整った上での、プラスアルファの楽しみだという考えを改めること」
4)「人は美しいものを感じることがなく生活を行うことができるのか」
5)「産業の付加価値の多くが文化にあり、美しいと感じることは人間の根幹をなしている」
6)「経済成長には、文化的なストックと仕組みが必要」
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・1)2)はよく言われます。補助金メニューも福祉や教育は多いですが我々のような活動が該当するメニューはほとんどない。3)の考え方が根底にあると感じている。
・シュミレーションゲーム「シムシティ」では、道路や商業地などの基盤整備をしただけでは街は形成できず、遊園地などのアミューズメントや文化活動がなくてはゲームオーバーしちゃいます。4)が必要なんだと「シムシティ」は教えてくれます。
・基盤整備も、住民の文化レベルが上がらないと進まないと思っている。環境先進国のドイツの取り組みをみると、導入できるかどうかは、住民の意識レベルが重要なんだとわかる。地球に良くない。と考えるか。経済優先でいくのか。目先の利益に捉われることなく整備するためには、育てていく関係づくりが必要なんだよね。5)って理解しにくいけれど、実のところ身近で感じられるものがあるんだよね。
・木村尚三郎さんが言っていた。「ソーセージはその街の風景、土壌、人達のなかで食べるから文化であって、ソーセージだけを国外に持ち出してもそれは文化ではない」(金子なりの解釈になってますが)と。またソーセージを食べて、本場ドイツに行ってみたい。という思いにかられるわけで。それは食べ物だけに言えることでもないやね。6)があってこその経済発展なんだよな。

2)について
議事録のなかにもあるように、先般行われた「技能五輪」じゃないけれど、伝統技術が世代交代で失われていくことへの歯止めは、2)の住民オンリーではなく、国としての支える、育てる仕組みが必要だと常々思う。
支える=金を出す。ということでは決してない。行政ならではがもっている情報を面にすることで補えられるはず。行政、企業、住民が一体になる仕組みづくり。今出している税金を住民のニーズにそった使い道にすることも必要。(議事録11ページ参照)
「CM劇場」の開催目的は「支える仕組み、きっかけ作り」である。彼らは「芝居の稽古場がなく、千本浜で夜、稽古していてお巡りさんに補導された」り、「大きな公共施設を借りる資金がないのもさることながら、芝居に必要な小道具や照明器具、幕などの大道具機材を」もっていない。それを借りてくるコネクションも大きな劇団でないと。という現状がある。開催後、波及効果として、互いの劇団で客演を行うなどして交流を持ち、情報、物、人の交流ができた。(議事録4ページ)にあるように、国の芸術振興基金は、ついこの間まで練習のための稽古場費用には使えなかったそうだ。基金を作るなら、使う側のニーズにたって考えれば、十分支える役割を果たせる。(議事録11ページ)すでにできあがっちゃった人だけでなく、これからの人たちを支える仕組みを作らなくてはならないのだとわかる。

■他県がうらやましい 

今年後半は、他県からの活動ヒアリングが多かった。多くは県や市といった行政からの問い合わせで、民間団体との連携や、撮影支援を行う民間団体を作りたいといった内容。

フィルムコミッションといった場合、趣旨や事業内容から行政が行うべきものだと思う。
が、うまく機能させていく。地域住民との関わりを理想的にもてる手段としては、行政と民間の作業のすみわけをした上で、民間でなければできないこともあると考えている。

現在我々はその両者を段階をおきながら、取り組んでいる。
まずはやってみる。やってみて、ここは行政の方が動きやすい。民間の方が動きやすい。といった事を知ることができる。あくまでも民間なので行政の立場を全て知ることはできないが、体験することで互いの立場を知ることができると考えている。

全国フィルムコミッション連絡協議会に参加すると、様々なことが学べる。多くが県、コンベンション、市などの行政関係者が集まるが、組織や事業や予算、周辺環境など多くの違いがあるが、積極的に動けている組織は共通項がある。できることできないことを理解しているし、どこを目指しているのかが明確である。

話それた。

ヒアリングのなかで、感心されることは、自治体からの補助金や助成金、業務委託費といった資金提供無しに独自に運営をしていること。
これには、限界があると感じながらも、できるところまでやろうと思っている。(あと何年もつかだけど…)また、正しい資金提供でなくてはならないとも思う。どちらかに依存した形ではなく、対等な役割分担と資金提供でなくてはと。(うちらはどちらもないけどね)

行政からのヒアリングでは、民間団体に何らかの資金提供をしつつも、業務をゆだねていきたいといった考え方が多い。フィルムコミッションをやりたいけれど民間が強みの部分は民間にまかせていく。というスタイルは我々も理想である。理想であるがこの静岡県では困難である。毎度ながら静岡の常識が他県では常識ではない。ということを再認識するとともに、他県の我々にヒアリングをしてくる作業自体がうらやましい限りである。

フィルムコミッションは大きな効果とニーズがあるし取り組む意義はある。また地域振興にとっては住民の力は必要です。と言い切る方々がそこにはいる。
静岡もいつかそうなることを目指して…。

■目指すものと今自分達ができることのはざま 

やっぱり書こう。

東京国際映画祭、毎年開催されるFCセミナーに参加している。目指すもの、今できていること、できていないこと、歯がゆいことを再確認するためだ。全国フィルムコミッション連絡協議会の委員会やその後の懇親会も同様の期待に応えてくれる存在である。

今年のセミナーはこれまでと異なる運営方法により、参加した計4つのセミナーのなかでも、2つはこうありたいと思う理想図で、残りは日本にFCができはじめた7年前の頃を思い出させる内容であった。これは、今私が置かれている周辺状況でもある。

目指すスタイル:
★プサンFCの
 民間ロケコーディネーター(ビジネス、有料)
 市FC(ロケ地データ、公共サービス)
 州FC(プロモ、公共サービス)の役割ができている
★カナダFCの
 州のFCを中心に、ロケコーディネーター、市のフィルムコミッションの三つの輪。
 ロケコーディネーター:サポート、共同制作、プロデュース業務も
 市FC:ワンストップサービス
 州FC:広報、プロモーション

これに国が、プロモ、インセンティブの用意などの役割が加わる。

上記メモでは省略しているが、役割分担を明確にした後、我々は住民参画としての橋渡し役でありたいと活動をスタートさせた。しかしながら、7年たった今も、この理想図とはいかない。海外スタイルに近い役割分担をしつつあるところも日本内にはある。年を重ねるごとに変化がある。

が、静岡県では、全く変化はない。毎年このセミナーへお誘いをしているが、結果は???だ。一方、川崎市の職員さんは参加してくれ、セミナー当日私どものに対してのヒアリングは、かなり突っ込んだ内容であり、セミナーもフル参加だった。熱心だった。交流会では熱心に名刺を配り、数年前の自分を思い浮かべた。川崎市の事業を垣間見させていただいていると、この数ヶ月で着々と変化していることがとても羨ましい。知ろう。やろう。と思ったらどういう行動にでるのか。考えさせられる。(その模様は、ニュースゼロで放送されます。)

話それた。

活動をスタートするきっかけとなった原田眞人監督の出会いのなかに、一つの大きな課題があった。ロケ地データベース作成である。取り組みたいと何度も検討したが、未だやめている。データベースを作ることはそう難しくない。金をかけないで作れる方法も検討済み。が、データベースを作った後の活用。本来の目的である支援を常時円滑にできるか。という体制作り、また住民主導で行うFC活動の得手不得手、役割分担で考えたときに、限界が生じると考えたからである。自治体が取り組むよう。そうなるようまず実践してFCの効果の実績作りに励んだ。が、が、が、自治体の紹介でうちに支援依頼が来る。これはそっちの仕事と回ってくる。ありがたいことではあるが、本来目指すスタイルではない。
FCの定義、役割分担への理解を十分求めていない我々の落ち度でもあると思えば仕方がないと考えてきた。自治体が理解するような説明、言葉をもっていない自分が歯がゆいと思って数年。田中まこさんを招いてのセミナーも開催した。一度のセミナーで理解は不十分であろう。ゆえに東京国際映画祭へのセミナー参加もお誘いするわけで。そんなことをちょこまかやってきた。我々の努力も不十分だとは認識しつつも、川崎市のみならず、近隣市町では、働きかけによりすでに取り組みをしてくださっているところもある。

そんなことの繰り返しを行っている。そんな周辺状況のなか。東京国際映画祭での海外先進事例のセミナーは「そうだ!こうなりたいんだ」と奮起するものの、片方で、「ロケたくさんやりました。スゴイでしょ」発想のセミナーを聞くと、周りはこういう認識の人が多い。壇上でしゃべっている人がこうなんだから、発展途上の私が回りに理解を求めてもその言葉は空回りだ。と、そのハードルの高さに、気持ちがなえてしまう。

20年後、日本国内のFC体制が整うだろうか。整うだろうと過程して、その後を静岡県が追っていくだろうか。

来年度の事業計画をたてる時期。目指すものと、今自分達ができることの狭間で苦悩する。自分の日常生活よりも活動を優先しているこの10年。フィルム微助人で掲げた目標を何年後に達成できるだろうか。私は自分の手に負えないことをビジョンに掲げてしまったのではないだろうか。諦める勇気。やめておく決断も必要なんじゃないだろうか。そんなことを考えた数日であった。(ロケ地探しは3本やりながらだけどね~)

■もにょもにょ 

東京国際映画際に行って来た。来年度事業を考えている。

目指すもの、書きたいことは山ほどあるが、スタッフや支援者に口頭で伝えるのとは異なってブログへの言葉としてできないのが歯がゆい。もにょもにょ。

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