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■市民活動が「時間も知恵も金もかかるワケ」 

つづきだよ。2007/2/8・9 静岡県NPO推進室が主催する「協働研修」に参加した。講師は加藤哲夫氏(せんだい・宮城NPOセンター)。

よく耳にする言葉。「仕事でないのに、そこまでできないよ」「お金がかかって大変」。これを明確に応えられる説明。

~ スッキリする加藤さんの回答 ~

■市民的公共性とはなにか?
NPO(市民公益活動団体)が「市民的公共性の器」であるために何が必要か。
その活動と組織には、役所、企業とどこが違うのか。

★市民活動
 1.一人の切実な思い悩みから始まる。
  (当事者の私、発の公共)
    ↓
 2.どうしたらいいか対等な関係の議論をする
  (円卓テーブル会議の文化)
    ↓
 3.必要な資源は持ち帰って補う
  (持ち寄りの文化)

 ※この3つが原動力。
    ↓
 が、助成金などがあると 1. や 2. が不要になる。
 
 3.資源の持ち寄りが 1. 2. を支える。 
  
 ボランティアは、誰かの手伝いをするという意味でなく、自発的な資源の持ち寄り文化ということ。
 公共性を自覚した市民である。


フィルム微助人会員や他NPO法人、ボランティアに参加する人は、「公共性を自覚した市民」ということだ。説明するときにやっかいなのが、活動する動機が「貢献する愉しみ」よりも「自助の愉しみ」のウエイトが高い人。本人も気付いてない場合。活動のなかで、どう貢献できているか。でなく、自分のしたいこと、自己満足の世界で議論する人が実は多かったりする。会を立ち上げたけど実働無しの団体が多いわけには、NPO法人の役員やっていてカッコイイ。名誉職の人も多いからだと思う。

話それるが、静岡県はNPO法人の認証をする際は、活動実績を問う必要があると思うよ。認証した責務として設立後のサポートスキルもないのに、なんでもかんでも認証させるのは、「静岡県はNPO法人がいっぱいあってカッコイイ」というレベルでいるのしか思えん。っていうか、担当者が「なんでボランティアやっているんですか?」って聞くあたり、指導どころじゃないやね、悲しゅうござる。
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■市民活動は「貢献する愉しみ」だそうで 

2007/2/8・9 静岡県NPO推進室が主催する「協働研修」に参加した。講師は加藤哲夫氏(せんだい・宮城NPOセンター)。

モヤモヤした思いがスッキリした研修だったが、まだ自分の言葉、モノになっていない。NPO法人とか、市民活動って特別なことだと言う人に、「そうでないよ」と説明できる明快な答えがあった。

~ スッキリする加藤さんの回答 ~

■ボランティア、NPO、大きな誤解
・人はなぜボランティアするのか
  → そこに困っている人がいるから
・なぜ、市民活動がおきるのか
  → 当事者性と共感性
  → 問題解決には、市民活動を起こす必要がある

■公共政策の担い手としての市民(公益)活動の本質
  → 「一人の困った」を「みんなの困った」にするしくみがNPO
  → 市民による自発的な問題解決行動の組織化
       =市民活動団体

■市民活動がもたらすもの
  「受身の愉しみ」=消費する行為、人を無力にする
          ↓
  「自助の愉しみ」=趣味を作れる、自分で楽しみを作れること
          ↓
  「貢献する愉しみ」=人に分け与えることができる
        ※市民活動は「貢献する愉しみ」

聞きなれないかも?(金子の特別!注釈)
★「受身の愉しみ」とは
洋服を着飾る、プレステで遊ぶ。物を買って楽しむ行為。

★「自助の愉しみ」とは
趣味を持っているっていうことは、そこで自分の創意工夫が加わっている。

★「貢献する愉しみ」とは
「人に分け与えることができる」その名のとおり。

現役を引退した人から、「世の中に恩返ししたい」という言葉を聞く。同世代は「子育てや仕事で精一杯」という。静岡県で活動する人は、ほとんどがわたしより年上だ。それもこうやって知ると納得がいく。

■仲間から「理解されない」。職場で「力が発揮できない」を考える 

先日、新しく入会してくださったサポーター会員さんとお会いした。「是非!お会いしたい」と要請を受けて。(こういう出会いがあるのは、活動をやっている冥利ですな)彼は元気イッパイ燃えていた。新しい職場で受けた刺激により、郷土について考えたそうな。「じゃーその思ったことを沼津に帰ってきたら、是非実践してちょーだいな」とリクエストすると。「いやー、戻ったら染まっちゃいそうです。持続できないと思う」とな。

いやーこんな話どこかでも聞きますね。

彼に「なんでこの活動をはじめようと思ったんですか」と聞かれる。基本、個人としてでなく会としての回答を述べる。が、こういう活動を続けていくってことはそりゃ容易なことではない。どんな活動も、共通する原動力は「世の中を変えたい」だと思う。

十代に刺激を受けて、目覚めちゃったことがあります。聞きかじったことをタネに家族をはじめいろんな仲間に「どう思う?」「私はこう考える」と話をしていくと、心地よい居場所とそうでない仲間が明確になりました。おじいちゃんに「戦争」について素朴なギモンをぶつけたときは、その後口を聞いてもらえず。(涙)でも目覚めちゃったんで、その後分かる仲間を探すことをし続けて、フィルム微助人の活動に至った部分もある。(根底には、アンテナは世界に向いているんだが、今の私にできることは、まずは目先のことからと郷土に目を向けた。そこから世界に立っているんだ。手法として選んだのがフィルムコミッション。しかもエキストラを選んだのは、相手が「人」だから。世の中変えられるのは住民だと。自治体主導(他人頼み)ではあり得ないと。映像支援をきっかけに町に興味をもち、興味から問題意識が生まれ、そのなかから行動に繋がる人が出てくると。)また話それた。

要は、気付くきっかけがあり、忙しい毎日に没頭しつつも、その気付きをどれだけ思い続けるか。解決しないと気持ちが悪いと思う性分なのか。だと思うわけです。次に、「口より行動」でして、「問題だー問題だー」と飲み屋で愚痴ることは誰でもできますゆえ、行動に表わせるか。で継続し、結果をだせるかで。思い続けることは難しいでしょう。仲間を作りたいと思うかどうか。

YORIKOさんと出かけた静岡県「協働フォーラム」で一人輝いていた職員がいた。懇親会で尋ねると浜松からの交換職員であった。話しぶりから吸収しようという意気込みが伝わる。年に10数人の交換職員に話を聞く機会があるんですが、どうも静岡市より西部方面の市町職員は魅力に感じるんです。「他人の畑はよく見える」だけなんだろうか。やる気が感じられるということはそういう土壌で仕事している人なんではないか、と。問題意識をもって仕事ができる。ガンバったことを認められる。評価される職場。

実のところ、簡単だよね。何で結果が得られないかって。会議おざなり、事務局だけが仕事している。運営している仲間見れば一目瞭然かな。企業経営も、NPO運営も、自治体の施策実現も全て同じじゃないか?

「もう一年出向先にいさせてください」っていうときは、元いた職場より新しい職場の方が魅力的ってことで、元の職場のトップは改善しなきゃ!と足元見直した方がよさそうですぜい。

■沼津シネマサンシャイン掲示物の作成 

 新しいスタッフが入ることの楽しみの一つは、「能力、魅力を垣間見るとき」だ。本業でパンフレット等の紙媒体を制作しているスタッフM月は、昨年入会した。今年、サポートマガジン「ロケシンブン!」のレイアウトを担当し、今回は「沼津シネマサンシャイン」さんに掲示する、ロケ支援作品のロケレポート、B0版サイズのカラーもののレイアウトを担当している。ロケ支援終了から一ヶ月強。ようやく掲載する文章が出揃い、スタッフM月から第一弾のレイアウトたたき台が到着。

 「すばらしい」

 これ以前、「日本沈没」「地下鉄に乗って」「幸福な食卓」を制作、掲示していた。編集制作は一手に私がやっていた。ここでバトンタッチ。この出来栄えの違いに、おいらは鼻たかだかだ。あー、お見せしたい。来月になったらこのブログでもご披露できるかなー。お楽しみに。


 ある団体で、日頃は友人として、おしゃべりしているが、いざイベント運営となると「ユニック」等の特殊機械の操作、「司会」等で発揮される機転の利いた会話、人脈、エクセル使い、ファイリング能力、「チラシ作り」等のキャッチコピーやデザインセンス等、本業ならではの驚く腕前を見せられる。「いやーこの人、ただの飲んだくれじゃなかったわい」と感動、そして惚れる。

 生業でなくとも、人にはそれぞれ長けた能力がある。マニアックな情報を持っている。ネット検索や情報収集が正確で早い。知らない土地へも一人で行ける。人見知りしない。嫌味なく他人を褒められる。その人ならではの持ち味、隠された能力が大いに役立てられるのがフィルム微助人でありたいと思っている。(たぶん、5割は達成できてると思うんだけど) 「ど、ど、どうしてそんなことできちゃうの?」と質問攻めさ。

■コーストFM 「思い出音楽館」 

久々にコーストFMのスタジオへ収録に行く。

番組名「思い出音楽館」一ヵ月後の放送だ。
放送日:6/27(水)11:30~ 30分
再放送:7/1(日) 8:00~ 30分
パーソナリティー:相川絵里子

思い出の曲とともに、幼少時代から現在、そして夢を話す番組だそうな。あれやこれやと選曲に燃えていたが、かけたかった曲の音源は手に入らず。3曲とも第5希望以降の曲となった。1曲は友人から借り、他2曲はパーソナリティーの相川さんが自身の友人から借りてきてくれ、何とか形になる。
・戸川純「レイダーマン」
・ラフィンノーズ「GET THE GLORY」
・スターリン「ロマンチスト」

※かけたかったアーティスト:川崎真弘、SEAGULL SCREAMING KISS HER KISS HERなどなど。

相川さんは、コーストFM立ち上げメンバーで、2000年伊豆新世紀創造祭で、原田監督の映画上映会打ち上げに高橋恵子さんと一緒に取材に来てくださった方でした。「おー!なつかしや」

ラフィン・ノーズ,DBX
ラフィン・ノーズ,DBX
ラフィン・ノーズ, DBX

虫(紙)
虫(紙)
ザ・スターリン

玉姫様(紙ジャケット仕様)
玉姫様(紙ジャケット仕様)
戸川純


■今日見たホームページ スタート 

理事長ブログにあんなこと書こう。と思うものの、家に帰ってパソコン前に座ると別の仕事に追われてしまう。過去日記は続いたことがない。とりあえず続けられるそうなテーマも探しながら、まずは「今日見たホームページ」をテーマに。

市民の意見30の会・東京
 久々に見た。小田実さん、身体具合悪いのか、気になる。

楽天「喪服探し」
 買い物に出かける時間がない。

★賛助会員 FAQ
 ホームページリニューアル作業中。ヒントを得るため他のサイトサーフィン。

願成就院
 映画「伝染歌」レポート作成中。

犯罪被害者の会幹事を辞任しました。
 たまたまヒット。思わず、全文読んでしまった。

YouTube「ベ平連 - 1972」
 リンクから飛んで。

■NPO 組織の作り方 

NPO法人でなくて、狭義のNPO。どういう組織、運営スタイルがいいのか、常に暗中模索。

■「誰もが主役」の組織
 幸いなことに、いくつかの団体や委員会に所属するなかで、良いところ悪いところをマネするチャンスはある。10代に参加した団体では、特定の人間がトップというスタイルはとらず、「誰もが主役になれる」を合言葉に、事業資金の50万円なり100万円を出すと、主催者になれた。事業ごとに十数名の主催者が名乗りをあげて、事業を遂行する。ボランティアスタッフと主催者の隔たりは、契約書への連帯署名や、主催者会議に参加できること以外大きな差はないと感じた。あとは個人の意識に大きく頼る。15才の私も主催者(親の金だけど)になることができた。「金も出すし、発言も行動もする」というスタイル。

 このとき、「すげーなー」と驚いたのは、「アースデー」立ち上げ時、ある日他団体のおじちゃんとビラ詰め作業をしていた。「おたくの団体が羨ましいです。組織がいつも若い」というのだ。多くの団体は、立ち上げ者である人間がトップやコアメンバーとなり、スタッフの入れ替りがあってもトップは常に同じである。トップの退任と同時に解散というのもよくある話。若い秘訣はなんたって、単年度パワーだから、個々が完全燃焼できる。「自分が主役である」は、言いだしっぺがやる。をさす。これを楽しめる人間が多かったから、常に組織は若い。もちろん、言うだけでやらないヤツはいて、去っていくんだけど。
 が片方で、主催者が毎年入れ替ることのデメリットとして、経験が会の厚みにならない。引継ぎがない。などもあげられる。年を重ねると、それじゃいかん。というヤツが現れて、会報誌もできてくるし、脈々と受け継がれるものもできあがってくる。そうやって5年走ることができる。
 
■伝統ある組織
 22才で参加した組織。当初つまらないと感じたのは、完璧な縦系列の組織となっていて、担当する部署以外の事業に口をはさめないこと。「こんなんじゃ、よくならない」と葛藤の数年を送ったが、5年も所属してやっと、この組織の良さが見えてきた。厳格な会議と定款、ルール、事業計画に基づいた予算計画。数十年の歴史をもち、自分達会員の資金をたやさず確保できる組織形態。この組織には、退会しなくてはならない年齢が定められている。これは組織が常に若くあり続けるためには、画期的なシステムだと思う。

 計画に基づいた事業しかやっていけないなんて、とその厳格さに飛び出たこともあったが、このルールも今となれば、先人が築いた理由が見えてくる気がする。はじめて担当するものにとっては、ビジョンが定まるだけの経験値やスキルが少ないから、一年間の計画をたてることは実際に厳しいが、経験を経た者には、この厳格さがとても重要になると思った。つまらないと感じることは、組織の歴史、周辺地域の課題点を時代とともに察知する力、コミュニケーション力、トップのビジョン。要はいい加減になるってこと。そのどこかが欠けてしまうと、ルールも形骸化し、意味をもたなくなる。んだということがわかる。
 
 この悩みを抱えて飛び出ようとしたとき、私の心の師匠M村氏が言った言葉は、「ルールがあるから面白いだろう」だった。確かにそうだ。


■で、うち、フィルム微助人
 このルールを作るところから組織を作っているのが、フィルム微助人だ。NPO法人の選択をしたときに、セットでついてきたルールがある。事業計画や理事、会費の設定が必要。作業は面倒だが、このルールがあることで面白いことができる。過去の経験があったから、そう当時思った。
 最近の悩みは、そこから一歩進んだ。仲間内でルールを守ることは、日々の忙しさから、ゆるくなることはあっても厳しくなることはなかなか難しい。ましてや新しいルールを作るには。
 新しいスタッフが入ってくることで、大きな変化をもたらすのだとはわかる。が入ってくる仕組みづくりにも面白さがなくては。だ。あんど、「誰もが主役」の組織は後輩がつくってきた肉付けルールはもちろんあるが、骨格となるシステムは、経験豊富なあるおっさんが作り、それが20年も変わらず採用されている。
 ってことは?? 応えはまだまだ出ぬが、悩めばおのずと応えは出る。をモットーに今日からまたがんばんべー。と理事長ブログにメモしとく。

■今はなき、沼津が誇るコンサート  

狩野川トワイライトコンサート(by沼津にぎわいネットワーク)の貴重なデータが消滅しているので、記録メモ。

渡辺香津美
97.11.25沼津御用邸で行われた【風鈴花散】のリハーサル風景
「市民や若者に良質の音楽を届けようと、沼津の青年会議所のメンバーを 中心として設立されたパンドラクラブ。今年の夏頃から僕のプロデュース を中心に、一緒にいろんな企画でイベントをやっている。」
「98年3月、静岡県沼津市において、自己のハイパー・エレクトリック・トリオ《青い山脈》(ベース青木智仁・ドラム山木秀夫)にピアノ山下洋輔、そして筒井康隆をクラリネット奏者として招いて「ジャズ大名スーパーセッション&トーク」をプロデュース。」

★パンドラクラブのサイトは今はなくなりました。筒井さんのクラリネットに加えMCが楽しかった。

世良正則
「98、99年夏、沼津での野外ライブでギタリスト、渡辺香津美氏率いる「燦燦スーパーユニット」に参加し、一段と活動の場が広まる。」と「情熱大陸

★サイトにあったように、このあと野村義男氏とユニットを組むようになられたそうだ。「燦燦スーパーユニット」という名前でツアーもやったとか。燦燦は沼津ならではのネーミングだからね。地元民からは嬉しいよね。

櫻井哲夫
1999/7/30(金) 【沼津サマーガーデン】「渡辺香津美エレクトリック・バンド」
渡辺香津美(g)山木秀夫(d)
1999/7/31(土) 【沼津トワイライトフュージョン】「HAPPY RABBITS」
世良公則(vo,g)野村義男(vo,g)渡辺香津美(g)神本宗幸(key)山木秀夫(d)

【KAZUMI WATANABE SPECIAL SUMMER 2000 トワイライト・フュージョン 】
2000/8/11(金)「アフロキューバン・ナイト」 会場:沼津狩野川河川敷・特設ステージ
渡辺香津美(g)櫻井哲夫(b)村上ポンタ秀一(d)斉藤ノブ(perc)本多俊之(sax)フィーチャリング・NORA(v) 8/12(土)「ソウルフル・ナイト」渡辺香津美(g)櫻井哲夫(b)村上ポンタ秀一(d)伊東たけし(sax)フィーチャリング・桑名正博、吉田美奈子(v)
オープニングアクト・スムースエース

Soulful Night(8/12)個人の方のサイトから
2000.08.12 19:00~ 沼津・狩野川河川敷
「このイベントは、毎年この時期に渡辺香津美さんが音頭を取って行われるものらしいんですが、こんな凄いメンバを「タダ」で見ていいんですかね?って位にソウソウたる出演者には、驚くばかりです。※そういっていただいてありがたいことです。」

(出演者)
SMOOTH ACE(オープニング・アカペラ)
渡辺香津美(g)
村上ポンタ秀一(ds)
櫻井哲夫(b)
伊東たけし(sax,flute)
桑名正博(vo,g)
吉田美奈子(vo)

★打ち上げは、ブルーウォーター貸切。

吉田美奈子
「2000年8月12日、沼津でのコンサート・イベントで、渡辺香津美と共演。」

筒井康隆さん 追っかけ カレンダー
柿田川チャリティコンサート「ジャズ大名スーパーセッション&トーク」
日時:1998年3月6日(金) 開場18:30 開演19:00 会場:沼津市民文化センター
<メンバー>
山下洋輔(pf)、筒井康隆(cl)、渡辺香津美(g)、青木智仁(elb)、山木秀夫(perc)  "青い山脈"=渡辺、山木、青木  "クラレパ"=筒井、山下、渡辺

★「金子いいか、食べ物って重要だぞ。コンサートの合間に沼津の美味しいものを食べに連れて行くだろう。あれは美味しかった。あの店また行こうよ。って食べ物の思い出吸引力はスゴイぞ」そうやって、いろんなポイントを教えてくれた峯村氏。毎夏は沼津でコンサートだ!ってアーティストも観客も楽しみにする環境つくり。

■映画「ガンヘッド」音楽:本多俊之と狩野川河川敷  

■サントラ探し 
来週地元コミュニティFMコーストFMの「思い出音楽館」出演にあたり、お話する内容のシート記入の宿題を書いている。ラジオで苦手なのは好きな音楽をかけること。日頃音楽のない生活を送っているので、いざかけたいというCDが手元にないので困る。嫌いなわけでないが、公共電波を使って流しても面白くない曲しか持っていない。曲の名前を知らないなどなど。(やっぱ興味ないってことか)

 そいで、話す内容(フィルム微助人の話をする予定)にそった曲(サウンドトラック探し)でもと、映画音楽探しにネット浮遊で見つけた。へー、映画「ガンヘッド」(原田眞人監督作品)の音楽は、本多俊之さんだったのか。と知る。(以前も同じ気づきをした記憶はあるんだが)

■飛んで、まちづくりの話
 フィルム微助人立ち上げメンバー峯村氏が主宰していた「沼津にぎわいネットワーク」で、狩野川河川敷のにぎわいつくりということで、「狩野川フリーマーケット」と「狩野川コンサート」をやっていた。10年以上前になるだろうか。コンサートは、ジャズギターリストの渡辺香津美さんがコーディネイトし、香津美さんの幅広い交友関係からメジャーなアーティストが狩野川に集まった。私の父はジャズ大ファンで、よく連れまわされたが、ジャズって私はよくわからない世界であった。なので、コンサートも音楽についてはノリノリではなかった。(笑)私の興味は、いつも一点。その運営方法と人間模様。当時沼津青年会議所が事務局となり、市役所や企業で構成される「沼津にぎわいネットワーク」。狩野川河川敷(東急ホテル向かい)でコンサートやっちゃうなんてスゴイじゃん。と会議に出席させてもらっていた。あるとき、会議で議論になった「いつもジャズじゃつまらない」と。会議メンバーも常に二分化していた。継続メンバーと年度ごとに入れ替るメンバー。毎年のようにジャズでなくて。という意見はある。二分化されたメンバーのどちらでもない新参者の私は「ジャズは楽しいのかつまらないのかよくわかんないけど、キーパーソンになる香津美さんがいてその人脈で沼津ならではの新しいコラボが生まれる。そんなイベントって沼津では他に見当たらない。それってスゴイことじゃないですか。このスタイルでいいじゃないですか」といった発言をした記憶がある。 

■伊豆新世紀創造祭での気づき
 その後、2000年伊豆新世紀創造祭というイベントでも同様にこのコンサートを行った。そのとき、勝手に広報を担当した。運営で悔しいことがいっぱいあった当時、一人でも多くの観客を!と雑誌「ぴあ」にも無料掲載してもらった。継続主宰していた峯村氏が褒めてくれた。その前後から新参者から仲間として認めてもらえた感をもち、過去の運営について会話をすることが増えた。峯村氏曰く「自分が子供の頃はイイ音楽を聴きたいと思っても、東京に行かなくてはならなかった。子供には限界があるから東京を羨ましいと思った。大人になって、地元で聴きたい。また本物を知らなくてはダメだよ。一流を体験しなくちゃね。それを実現したかったんだよ、俺は」そんなこと思ってやっていたのかと感化された。同時にこのコンサートが何故に面白いのか。の互いの共通点を見出せた気分で嬉しかった。私と同じ感覚じゃんよ。って(笑)

■本多俊之さんとの出会い
 このコンサートの凄さはいっぱいあるんだが、その一部に、本多俊之沼津伝説がある。

 コンサートは屋外、狩野川河川敷で行う。しかも無料だ。だから前日の設営準備、昼間っから、寝袋をもった観客集団がいる。はじめてみた席取りに感動したわけよ。自分達主催だしさ。自分達の事業でこんなに観客が楽しみにしているイベントって今まであった?って思ったの。で峯村氏に聞いたら、ファン層にとっては、このコンサートは特別なんだって。何がってめったにないコラボだから。うんで以前本多俊之さんのファンが石川県金沢市からバス3台で乗り込んできたんだって。それ聞いて、その年のコンサートでは、本多俊之さんに注目した私がいる。本多さんの人柄的魅力を垣間見たわけで、その本多さんが、敬愛する原田監督作品、映画「ガンヘッド」の音楽をやっていたのか。と改めて認識してプチ学習。(仲間に言ったら、金子さんソレ知らないのヤバイよ。と言われるだろうな)同じ日に原田監督と本多さんがいたってコトか。

■つながり模索
 話し違うけれど、よく「金子さん、路線変えたの?なんで今これやるの?」って言われる。変えたわけでなく、脈々と繋がっているんだけどなーって思うけど、相手が納得するような説明が不足する。音楽と映画。自分的に、活動的に、会的に、つなげて説明できる自分のストーリーと言葉を探索中のメモブログっす。

 このコンサート、低予算でビックアーティストが勢ぞろいするんだが、この運営の秘密は、「人」(当たり前すぎ?)。興行でない運営方法があるんです。それはフィルム微助人とも共通する。(んだが、なかなか表に表せられていない歯がゆさ。付き)

■結局、選曲したのは
 原田監督作品映画「金融腐蝕列島-呪縛-」等の音楽:川崎真弘さんのサントラにした。(「竜童組」の時にお会いしていたんだなーというつながりも含めて)
★川崎真弘さんサイト「Wlcome to TINKERBELL Inc.

■ゴジ(長谷川和彦監督)とディレクターズカンパニー 

■タメ(同い年)じゃん
 来月36歳になる私と同じ歳に長谷川監督は、ディレクターズカンパニーを創っていた。長谷川監督とお会いしたときはよくわからないでいたが、井筒和幸監督もいて、メンバー10名が二十代三十代と、フィルム微助人のメンバーと似た年齢構成だと知る。映画「太陽を盗んだ男」は長谷川監督が33歳のときに撮っているのか。

■私の闘志に火をつけるもの
 身内に怒られるが、へこんだ時、まよった時に、自分と同じ世代の人間が既にコトを興しているぜ。と引き合いに出して、私も頑張らねば、もっと目指せよ!と気合をいれ、奮い立たせるクセがある。人間といっても、見知らぬ誰かが偉業を成し遂げていても興味わかず。雑誌にカッコイイ言葉が並んでいても、その人を知っていると「こりゃ理想だな」「こんな言葉遣いはしない、ライターが脚色しすぎだ」「この一行に彼の全てが凝縮されているな」などわかった気になれる。さらに「あの人フツーじゃん(フツーじゃないんだけど)、何でそんなことできちゃうのよ」「やっぱし、普段から言うこと違うものなー」と闘魂チャッカマン化する。よく考えると私の過去はそうやって人からの影響を受けながら、今もこうやってフィルム微助人に繋がっているんだな。
今回の迷いは、まだ秘密だけどね(映画と地元ネタ)、映画がテーマなんで、映画作った人が何を興してきたのか(考えてきたのか)を調べていた。(超中途半端だけどねー)うんで、まずは強烈印象をもっているゴジさんだった。

■ゴジさんとの出会い
 15歳だったか、あるところで、映画「太陽を盗んだ男」を長谷川監督と見た。こういうタイプの映画を見たことがなかったから??マークだらけで、衝撃が大きかったことは覚えている。映画を見て「考える」ことを始めてしたのだと思う。当時監督が映画について何をしゃべったかは記憶がない。お酒が好きで仮装パーティーで女装姿になった網タイツがインパクト強く、豪快で周りに人が寄って来る、おもしろカッコイイおじさんだと思っていた。今になってもっと話ちゃんと聞いておけばよかったと後悔(いつも)。自分が当時の長谷川さんの年齢になって、「どうよ、自分。すげーじゃん長谷川さんって」とネット浮遊中。

ゴジさん闘魂チャッカマンはこれで3回目。頭悪いんだなー。文章ちゃんと読んでないから、モノになってない。同じ動作を繰り返さないと学べない。ブログ便利、忘れないように記しておこう。っと。

★長谷川和彦監督を知るページ
君はデレカンを見たか!ディレクターズカンパニーの仕事
・映画監督長谷川和彦公認サイト「ゴジサイト
長谷川和彦全発言

太陽を盗んだ男 ULTIMATE PREMIUM EDITION
太陽を盗んだ男 ULTIMATE PREMIUM EDITION

■山本五十六の恋文と沼津 

「やってみせて 言って聞かせて やらせて見て ほめてやらねば 人は動かず」
幼少時代、よく母親に言われた言葉。これが山本五十六さんの言葉だとは知らずにいた。

山本さんの恋人が沼津にいらして、山本さんが送った恋文をお持ちになっているのが、2年前にお亡くなりになられた望月良夫先生(望月産婦人科医院)である。この恋文の内容とともにそれを貰い受けた詳細な経緯が、望月先生が発行されていた沼津の文化を語る会会報「沼声」に掲載されている。「沼声」は、父がロータリークラブで望月先生とご一緒だったこともあり、いつも家にあった。(望月さんが発行された、飲食店情報が掲載された手の中におさまるサイズの豆本を子供ながらに気に入って、二十数年も後生大事に持っている。コレを真似てうちのお店のメニュー豆本を作ったほどだ。)

ネットで久方ぶりに望月さんの文章(日本ペンクラブ 山本五十六の恋文(PDF) )を拝見した。子供の頃はわからなかったが、とても興味深い内容であると読み入った。

★amazon へリンク
山本五十六の恋文
著者:望月 良夫 (1973/02)¥1,523

山本五十六 (上巻)
著者:阿川 弘之(1992/06)¥620 ※日本ペンクラブ「山本五十六の恋文」文中内にも出てくる阿川さん

連合艦隊司令長官 山本五十六
連合艦隊司令長官 山本五十六
彼を題材にした映画も多数。「トラ・トラ・トラ! 」「パール・ハーバー」「ミッドウェイ 」など。

★「沼声」と「恋文」を知るページ
・ようこそ! 村山精二 詩のホームページ 『ごまめのはぎしり』へ
・日本ペンクラブ 山本五十六の恋文(PDF) 

★山本五十六を知るページ
・フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 山本五十六

■公式サイト リニューアル作業中 

これまで5回のリニューアルをした。二年に一度の頻度になるな。自分ち会社のサイトは一度もリニューアルしてないのに。

前回からスタッフが作ってくれている。なのでとても助かる。作業量というより、文章作りに専念できるから。過去3回は、デザインしながら原稿作って、写真加工して、作り終わる頃には、へとへとで、当初作ろうと思っていたページが白紙のまま終わっていることも多々あった。前回と違うのは、全体事業が落ち着いている時期で時間的な余裕があるので気持ちにゆとりがあり、文章作りにある程度係りきりになれることがとても心地よい。

日頃大量の文章を書くが、文法の間違いや、言いたいことがそれたり、更には矛盾していることを書いたりと、原稿作りは苦手な分野だ。過去、自分が書いた文章をおかしいなーと思うものの、どう修正したらいいのかわからず原稿提出が遅れがち。納得のいく原稿つくりができるようになるのはいつのことやら。そんなことを思いながら、リニューアルのための原稿作りに没頭している。

■この理事長ブログ、タイトル何がいい? 

理事長ブログいよいよ始動と思いきや、私の仕事が遅くて未だである。
スタッフ赤松 「金子さーん、サブタイトルとか未だもらってないんですけど」(5/19定例会議)

「来月できることも今日やる」タイプ。でないと、こうやって仕事を忘れてしまうトリ頭。そうか、私の仕事が未だであった。

さぁ作業。まずは、タイトルを考えよう。
「燃え」から「萌え」を目指している私に、吉原宿ダイヒョーが命名(?)してくれたブログタイトル。

「萌えるかねこのブログの女王」

うーん、いいなー。優柔不断で毎度の迷い。

よし!決めたっ。「フィルム微助人理事長ブログ」変更無し!に決めた。(ふつーじゃん)
まだまだ「萌え」られない。「燃え」のままでいよう。その名のとおり理事長ブログにしよう。おし! 
 

■理事長ブログなるもの 祝!開設 

2005年
新入会員「ブログやりましょうよ~」
金子「いいよー」

2007年
別の新入会員「金子さん専用のブログ作りましょうよ~」
金子「いいよー」

ということでスタートする「フィルム微助人 理事長ブログ」。
新しいスタッフ(正会員)が入ると、新しいアイディアも入ってくる。会のブログは、「ロリポップ」を使用している。amazonのアフェリエイトがついていて楽しい。今回の理事長ブログは、「ロリポップ」でない。設置をしてくれた赤松は、本業がweb作りだから専門的なアイディアが豊富で、何が出てくるかワクワクしている。

何がワクワクって、「新しいシステムの導入」&「新たな反応」。慣れないながらも、新しいシステムにトライしている作業が好き。ブログにあんなこと書いてあったねーと周辺の反応をもらうのが楽しみ。携帯電話やweb、ブログがない時代であったら我々の活動は容易でなかったであろう。
スタッフ(正会員)は全て本業をもつかたわらのボランティア活動で取り組んでいる。組織の性格上、限られた時間で多くの作業をしていくには、導入しやすくタイムリーなツールが必要だ。また、活動内容からしても撮影支援は「明日ご連絡します」なんて言ってられないし、夜中にHPを更新しておけば、24時間365日稼動で営業してくれる。おかげで問い合わせも日に数件となった。エキストラや地元行政や関係者など数十名から数百名の人間と数時間で連絡をとるには、新しいシステムの導入が不可欠となる。

新しいシステムの導入は、新たな発見と未開分野を切り開いてきた。我々の活動はweb、パソコンなくしては成立しないのだ。

そんなわけで、理事長ブログで何ができるか。これからが楽しみ。ワクワク。

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