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■サポーター会員専用掲示板がスタートしました 

構想一年、準備半年、ようやくサポーター会員専用掲示板がスタートしました。
http://befilm.org/

サポーター会員制度を設けたいと、会を設立した際に思いをめぐらせてきた。

以前、関わったNGO団体で得た経験から、面白い活動をするためには、どういう組織をつくったらそれが叶うのか。と参考にした。
そのNGO団体では、「みんなが主役で船を出す」というキャッチのとおり、毎年一回なり、数回なり出航させる事業に対して主催者という枠組みで数十万円の金を出し誰でも主催者になることができる。主催者になれば、主催者会議に参加できる。主催者のなかから、専従者といって、出港準備の短期間、組織から給料がでる。これは発言とともに行動が起こせる人を指す。毎週水曜日に行われる会議では、専従者、主催者、ボランティアスタッフが参加できる。みんなで企画を出して、言ったもんが「この指とまれ」方式で事業を遂行していく。言ったもんがいい加減なら企画倒れになるし、がんばれば形になる。喧々諤々、夢が形になっていく様が面白かったし、さまざまな知識や得意分野をもった人が、現れ、力を試し、力をつけていった。そうやって「みんなが主役になれる」組織形態であった。力をつけた仲間はその後、テレビ関係、ジャーナリスト、旅行会社、映画関係、作家、環境団体、市民団体、議員などさまざまな職業で飯を食っている。

その団体の事業を遂行するプロセスで、力をつける機会が持てる。興味から専門分野へと変化する。夢が出かければ、大きなコネクションやネットワーク、専門知識も身についていく。もちろん、遂行できるできないは、組織の力でなく個人の力だ。個人が作り上げる組織。

話それた。

このNGO団体と、フィルム微助人は、事業形態と立地条件含む取り巻く環境が異なるから、そっくり真似ることはできないが、面白い活動は、仲間のいろんな知恵やアイディア、問題意識にある。と学んできた。固定されたスタッフでなく、入れ替わり、ちょっとの興味から、年齢問わず、人が関われる組織、事業をやりたかった。

会設立当初は、知人のつてを辿って辿って、その都度仲間を集めて、ロケ支援やイベントなど事業をこなすことができた。サポーター会員制度の前段階。次第に一人でコミュニケーションできる限界、常時アテにできる人間の確保、ノウハウを身につけた人間の必要性などを感じて、コアとなって動けるスタッフと区別する必要に迫られた。その後、サポーター会員制度を作りたいと思った。が、作るには今度はそれをサポートできるスタッフが必要となる。年月を経て、それも叶った。NPO法人とし、会員制度の原型がつくられた。が、これにも限界を感じた。正会員5人対サポーター会員10人という規模であれば、支えあうコミュニケーションも可能だが、人数が増えていくと、5人対10人かけることの5倍のパワーにはならず、次第に関係が薄まってくるのだと。コミュニケーションする必要のある定期的な場所(目的、スペース)も必要だし、いろんな課題がふえてきた。スタッフが入れ替わると、互いの顔も知らなくなる。
そうしたとき、金子さんや古いメンバーだけが知っているサポーター会員さん、ではなく、今できることのなかから、うちらスタッフも、サポーターさんも互いに顔が見える場所。私が個別に連絡をとって得られた知恵やネットワークに留まらせず、双方向で共有できる場所を作りたい。ということでサポーター会員専用掲示板を作るに至った。

顔を合わせての一対一のコミュニケーションの長所と、情報を共有できる掲示板と互いの長所、欠点を補いながら使い分けができることを願っている。


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沼津に帰ってきて、身の回りで抱える課題は様々あった。環境、福祉、文化、スポーツ、観光いろんなジャンルの取り組みがあり、それに片足を突っ込むなかで、どれもがつながり、切り離せない問題で、ひとつの身体でいろんな課題を解決できるのかと考えたときに、課題も人も、点から面につなげられるのは、フィルムコミッションだとぶつかったのが、1998年。

地域には、様々な知識、コネクション、ネットワークをもった人たちがいる。地域のプロである我々が、映像撮影支援というプロセスにおいて、知恵を出し合うことができる。また出会うことのなかった人たちが、その機会で時間を共有することができる。ここまでが、微助人が創ることのできる場所で、そこから先、互いに意気投合したものたちが、互いの課題を共有し、解決に助け合えることができるのではないかと考えた。家族の問題は自分の問題でもあるが、他人の問題も友達や知り合いになれば自分の問題になるのではないか。という考えだ。
これも、そのNGO団体で学んだ経験だ。(ブラウン管のなかで起きている戦争は他人事ではない。その人たちとあって現地をみれば、容易に自分の問題に置き換えることができる体験。)

映像撮影支援のなかでも、エキストラ手配に特化したわけには、多くの人が関われる機会の創出であり、そこで出会い、会話をするなかで広がっていく輪である。市民活動に発展していくことはもちろんだが、互いの活動に興味をもつことだったり、街に興味をもつ人を増やすこと、子供の社会勉強、地域(大都市でなく地元)で暮らす楽しみ、わくわく感の創出など、エキストラというかかわりで、一体感をもつことが変化を与えてくれると思った。それを地元で行える。ことに意味があると。

フィルム微助人を立ち上げたいと思った動機のひとつに、「まちづくり」っていうやつは、一部の人で行われている。現状。いろんな知恵をもった人がいるが、いろんな制約と怠慢で、一部の人の決定で物事は進んでいく。「自分が将来ずっと住む家の前の道路をこんな作りにしちゃうんだよ」住民意見はくみとられることはない。ロケ支援で、多くの人と出会い、その都度いろんな課題に出会う。その住民意見を市政、県政に反映させるにはどうしたらいいのか。と会議に参加できるところまできたものの、会議で決められるものでもない。形だけの会議が多いことに気づく。ではどうしたらいいのか、行動を示す。自分たちで解決できることは何か。とか、どんな意見があるかを表舞台に出していく作業とか、いろいろ試みている最中だ。


回りくどくなったが、サポーター会員専用掲示板の力を借りて、地域で自分が何をできるのか気づき、行動できるようになりたい。
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