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■ドラマ「ハケンの品格」とまちづくり続 「私は負け組じゃなぁ~い!」 

過去記事「■ドラマ「ハケンの品格」とまちづくり」 より
>私、負け組じゃん。バカ扱いされちゃうじゃん。小泉孝太郎(役)じゃん。

篠原涼子(役)にバカ扱いされながらも小泉孝太郎(役)は周りに媚びることなく自分の信念を進む。バカ扱いしつつも、小泉孝太郎の手助けをする篠原涼子。認めているっつーことだよね。なんで、自分のこと卑下してるわけじゃーないよ。

小泉孝太郎と、大泉洋、二人の生き方をズバッと表現し、周りの人間も二人のどちらにつくのか白黒はっきりした役柄設定になっているのはやはりドラマ。気持ちがイイ。
が、現実はそうもいかない。

・形だけじゃんと思える団体が、指定管理者となっていたり、補助金が自動的に入ってきたり、いつのまにか業者として入っていたり。
・実働していないのに、あたかも自分がやったかのような言動をし、おかしな方針をだす職員がいたり。
・多額な税金をつかって、こんだけかい仕事結果は?と思える企業がいたり。

具体的な内容が書けないっすが。そんなことがまかり通って評価されちゃう静岡県にうんざりっす。もちろん、そうじゃない人もいるけど、大きな力をもっていない事の方が多い。もっと言えば、そうじゃなくって権力ももっている組織も少数だが静岡県にも存在している。

■ある人に言われました「正義感をもちつつ、腹黒く生きるんですよ、金子さん」。
ふむふむ。腹黒くっていうとマイナスイメージにとらわれがちだが、目的遂行のためにどう立ち回るか。っていう意味で戦略は大切だと思う。

■正義感をもったまじめな人はやめていく
まじめな人のなかには、コバンザメやいい加減な仕事をしている人を見るとイヤになってそれに関わるのは無駄だとなっていくと、やめてしまうことがある。やめてしまっては目的遂行は達成しない。何のためにやるのか。毎年いくつか関わる組織でやめていく人を引き止めている。

・こんないい加減な関わり方ではみなさんに迷惑かけます。
・議論したことが白紙になり、無意味に思う。自分の大事な時間をこれ以上さくことはできない。
まじめな人はそう考えます。


でも、ココでやめてしまったらいけません!世の中変わりませんから。後世のために今ふんばるのです。
人に説得しつつ、自分にも言い聞かせています。

→自分 がんばれるの?2008年。
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■まちづくりに参画するのかしないのか 

「住民が育っていない」とか「住民を育てなきゃ」という言葉を聞きます。「若者が選挙にいかない」とも言われます。

若者が選挙に行くよう膨大な広告費を払っても解決しません。未来永劫に。さっきのブログ内容に続いてます。


世の中の役に立ちたい。という思いを持った人はたくさんいます。しかしながら、そのためにどこまで関われるか。となると話は違います。自分の生活をおいやってまで、世の中の役に立つことを最優先にし、どっぷりつかれる人は少ないです。結果、市民活動をする人、しない人という区分けになり、活動していない人は関心のない人にくくられる気がします。(いろんな会議で会う顔ぶれは馴染みになる)私の周辺では、ちょっとの関わりで世の中の役に立つような環境はないと思っている。自分の都合にあわせたボランティア(市民)活動ができる仕組みづくりができていない。

「住民が育っていない」という人は、ニーズをキャッチして、取り入れようとしないだけだと思うんす。世の中いろんな人がいるでしょうが、「世の中のために役立ちたい」という気持ちを持った人をたぐっていけば、相当な数になると思う。それぞれが役立ちたい。役立っていると感じる居場所や役割が異なるから、仕組みづくりは容易ではないけれど。最大公約数的なとっかかりは、「自分が役立っている」という体験機会をつくること。これは難しいことじゃないと思う。

「若者が選挙にいかない」のは、自分の一票で何か世の中(自分の生活)が変わるわけじゃない。と思うから。選挙に限らず、世の中にはいろんな社会問題があるが、自分には関係ないと思っている。

これを解決するには、自分も関わっている。という体験をつくることで解決の糸口、環境づくりができる。

最近、ボランティアに関わる体験プログラムやまちづくりリーダー養成講座、あわせてそういった活動を紹介する冊子やサイトが増えてきた。これも一考ではあるが、多くの人は、事務局側にとってお客様でしかないんじゃないか、まちづくりは習うもんじゃないと思う。「住民が育つ」まではいかないと思う。一部の人にとってはきっかけとなり街にかえってリーダーになりうる可能性はあるが。

■住民が関わる体験を作る 電子会議室
フィルム微助人をやるしかないか!と覚悟を決めたきっかけとなった(青年会議所内での)事業があって、当時夢なかばで実現できなかった「電子会議室」というのがある。その数年後、仲間が立ち上げは行った。(TMOぬまづ「まちづくり市民会議室」※ページ存在はしていますが休止状態っす)継続はできていないけれど。
・「藤沢電子会議室
・「大和市電子会議室

現在ではファシリテーター養成講座までできワークショップという言葉も馴染みとなったが、当時1997年、事業展開した頃は「まちづくりには住民参画が必要」と、ようやく静岡県でも言われはじめたばかり。開催したワークショップは初体験者ばかりであった。(講師は京都工芸繊維大学の谷口知弘先生)そんなヨチヨチ歩きの私に、藤沢の電子会議室は憧れのマドンナのような存在(どんな存在やねん)であった。

すごいのは、市制に対して、住民から意見をもとめる。それを市制に反映する。ただそれだけ。

ネットがこれほどまに普及していない時代にできたのよ。藤沢は、すごいやね。ネットの大きな利点は、住民の手元に届けられること。意見を求められる行政委任委員の会議は、平日昼間に行われる。そんなのに参加できる住民っておかしいよね。必然的に組織の代表やら町内会の会長やらになって年齢もせばまってくる。若者が市制に口出しすることなんてできまへん。当然ながら、政治にも興味持てません。いまや「mixi」がブームになっているように、幅広い層が自分の意見をネットで表現します。こんな時代がおとずれるとは、電子会議室で予測できたでしょうか。
電子会議室には24時間、自分の都合にあわせて意見を書き込むことができます。またその結果が市制に反映されますし、会議へも参加ができる。議事録は当然公開され、どのように自分の意見が反映されプロジェクトが進んでいるのかが見える仕組みができています。

意見は、担当部署に限らず、他部署、全職員が見ることができます。もちろんそれに対しての対応もしなくてはなりません。電子会議室によって部署間の横の連携ができるのは、当然のことのようですが稀な事例なので更に素晴らしい。ことだと感動したものです。

最初は、身近な問題からかもしれませんが、この体験で自分の意見が世の中に役立つことを知ると、他のこともやってみようという気持ちになってきます。そういった積み重ねが、「住民が育つ」ということにもなります。

沼津市でも遅れて市民意見箱というメールで意見を出すと答えてくれるというシステムがあり、一度体験しましたが、結果はトホホです。こんな部署は無いほうがイイ。税金がもったいないっす。(どこかでそういう意見があったことは伝えます。とだけでもなるんだったら存在価値はあるが)

フィルム微助人は、20代~40代の若い働く女性が活動していますが、どうしてこの活動に参加したのかを紐解いていくと、それは自治体の市民参画にも十分参考になります。町内会長でも、団体の会長でも、企業の社長でもない我々住民の意見が市政(県政)に反映され、住民も責任もって行動していく日がいつかくると信じて、いましばらく、自身の生活をおいやってこの活動を続けてみようと思う。倒れない日まで…。

■ドラマ「ハケンの品格」とまちづくり 

●再放送でドラマ「ハケンの品格」(篠原涼子主演)を見た。
言いたいことを言う優秀な派遣社員(篠原涼子)と、派遣社員を差別する昇格間違いなしと言われた男性社員(大泉洋)と、派遣社員を認めるお人よしの男性社員(小泉孝太郎)の物語(はしょる)。第8話「「派遣にプロポーズ」第9話「スーパーハケンの過去」で、派遣社員の篠原演じる大前春子のこんな台詞がある。(公式サイト:「ハケンの品格」)

・「社員には2種類しかいません。一、出世のために働く社員(→大泉洋)。二、人のために働いてしまう社員(→小泉孝太郎)。二、は会社にはバカ扱いされます」
・「上司に逆らうのは負け組(→小泉孝太郎)のやることです」


言い当ててるなー。私、負け組じゃん。バカ扱いされちゃうじゃん。小泉孝太郎(役)じゃん。


その小泉孝太郎(役)は、「みんなが喜んでくれるハケン弁当が作りたい」ということで、企画のために1000人の派遣社員にアンケートをとる。派遣社員がいるマーケティング課は必死で動いたけれど、結局採用してもらえず。おまけに上司には煙たがられ異動されそうになる。という設定でしたが、自分を投影させてみました。私負け組み派。(参考ブログ:「蒼 徒然なるまま」急展開の「ハケンの品格」!! )

●会社に限らず「まちづくり」の現場でも、同じような場面に出くわします。
・売れる商品、みんなが欲しがっている商品(住民から求められるプロジェクト)を作るために、ニーズをキャッチするといった地道な作業は共感や感動を呼びます。しかしながら、商品コスト(手間、担当者の怠慢)といった会社都合のみならず、関わる人間の出世欲といったもので商品が作られる。(プロジェクトが進められる。)事の方が多いように感じている。
・良い(ニーズに沿った)ことをしているからといってそれが採用されることは少ない。
・企業商品なら買わなければ良いことだが、住民サービスは利用者側の選択はできない。


どうして使用する地元住民に不便なこんな道路作るんだよ。もっとこうしたら良いのに、ニーズを聞けば愛される道路になってメンテナンス(税金)コストも抑えられるのに。世の中そんなこと多くないですか?
私はそんな憤りが動機でフィルム微助人を立ち上げたわけですが、最近行き詰っています。「ハケンの品格」のこのワンシーンのような場面に出くわすからです。

「ハケンのためのハケン弁当」は、本当にそうなのか?
書類に掲げた目的や計画はどれも素晴らしいものばかり。が、実際にプロジェクトを進めていくと、「絵に描いた餅」と、はなっから諦めたできレースが常識となって横行する。コレはひとえに、担当スタッフ次第だと思う。あんど、現場の仕事を見ている上司がいるかどうか。コツコツとマメな作業とポイントをずらさぬ視点をもったプロジェクト進行ができる担当者がいるかどうか?で、実際にいるんですが、そういう人は確かに出世しないです。人をまきこんだ作業が得意な人は、日の目を浴びない。自分は手を出していないのに、自分がやったかのように錯覚をおこさすことができる人が上司の信頼を得ていたりして、権力をもっている。ドラマの世界とまちづくり(行政)の現場も同じです。

まぁーそんなこたぁーどこでもあることなんでしょうがね。つかれちゃうわけですわ。

首長が「釣りバカ日誌を誘致しろ。いくらかかるんだ」と未だ言っているかと思うと…。そのお金をかけるなら、今やっている活動に投資しようよ。一発屋で終わっていいのか?金で解決した誘致なんて何も財産残らないじゃん。誘致の目的は注目されることにあるの?産業になったり文化に育ったり、住民が関わることでコストかけずに根付いていく。そういったことの、あくまで誘致は手段でしかないじゃんないかな。とこの10年思うのです。年末でいろんな番宣を観ていると、「あん時(先月)、真剣に取り組んでもらえていたら、コレ誘致できたのに。アレ誘致できたのに」と思うんす。ちょっとの手間で首長の夢?は叶うのに、夢実現は目の前にあっても、それには手を出さず、大金払ったら手に入る。と思う感覚、そろそろおしまいにしようよー。

文化的施設まで話もっていきたかったが、うーまたもや支離滅裂っす。




■多額な税金を使ってまで文化をやらなくてはいけないのか? 

我々住民にとっては、観光だ、産業だ、景観だ、福祉だ、というジャンル分けは縁遠いが、まちづくり活動、市民活動をしていくと、行政との関わりは必然で補助金申請時にも、自分達の活動がどのジャンルに当てはめられるのかを明確にしなくてはならない。

数年前、(旧)東部行政センターの元所長さんのお声かけのおかげで、「文化」関連のパネラーで発言をさせていただいた。今でこそ恥ずかしい思い出だが、当時「文化」にうとい(意識していない)自分なりに勉強をしてのぞんだ。それから「文化」関連で委員で呼んでいただくようになった。(後に、2003年に開催した「CM劇場」というイベントを評価いただいていたことが判明。文化やっていたじゃん→自分。見ていてくれる人がいるのね~)

そうやって文化というものを考えるようになり、只今その真っ只中。
参考資料として、慣れない文化を考える上でとても参考になる資料を発見!(吉原宿佐野師匠のおかげ)

■芸術文化と社会をむすぶネットワーク会議
以前ご紹介したかな?「芸術文化と社会をむすぶネットワーク会議」の第一回目会議が終わり、その議事録がweb(PDF)にアップされている。14ページ目に注目してみた。
1)「国や地方自治体は多額の借金があるなかで、福祉や公共費用などやらなくてはいけないことがあるのに、多額な税金を使ってまで文化をやらなくてはいけないのか」
2)「行政には頼らない文化つくりも必要ではないか」
  一方↓
3)「文化は衣食住が整った上での、プラスアルファの楽しみだという考えを改めること」
4)「人は美しいものを感じることがなく生活を行うことができるのか」
5)「産業の付加価値の多くが文化にあり、美しいと感じることは人間の根幹をなしている」
6)「経済成長には、文化的なストックと仕組みが必要」
-----------------------------------------------

・1)2)はよく言われます。補助金メニューも福祉や教育は多いですが我々のような活動が該当するメニューはほとんどない。3)の考え方が根底にあると感じている。
・シュミレーションゲーム「シムシティ」では、道路や商業地などの基盤整備をしただけでは街は形成できず、遊園地などのアミューズメントや文化活動がなくてはゲームオーバーしちゃいます。4)が必要なんだと「シムシティ」は教えてくれます。
・基盤整備も、住民の文化レベルが上がらないと進まないと思っている。環境先進国のドイツの取り組みをみると、導入できるかどうかは、住民の意識レベルが重要なんだとわかる。地球に良くない。と考えるか。経済優先でいくのか。目先の利益に捉われることなく整備するためには、育てていく関係づくりが必要なんだよね。5)って理解しにくいけれど、実のところ身近で感じられるものがあるんだよね。
・木村尚三郎さんが言っていた。「ソーセージはその街の風景、土壌、人達のなかで食べるから文化であって、ソーセージだけを国外に持ち出してもそれは文化ではない」(金子なりの解釈になってますが)と。またソーセージを食べて、本場ドイツに行ってみたい。という思いにかられるわけで。それは食べ物だけに言えることでもないやね。6)があってこその経済発展なんだよな。

2)について
議事録のなかにもあるように、先般行われた「技能五輪」じゃないけれど、伝統技術が世代交代で失われていくことへの歯止めは、2)の住民オンリーではなく、国としての支える、育てる仕組みが必要だと常々思う。
支える=金を出す。ということでは決してない。行政ならではがもっている情報を面にすることで補えられるはず。行政、企業、住民が一体になる仕組みづくり。今出している税金を住民のニーズにそった使い道にすることも必要。(議事録11ページ参照)
「CM劇場」の開催目的は「支える仕組み、きっかけ作り」である。彼らは「芝居の稽古場がなく、千本浜で夜、稽古していてお巡りさんに補導された」り、「大きな公共施設を借りる資金がないのもさることながら、芝居に必要な小道具や照明器具、幕などの大道具機材を」もっていない。それを借りてくるコネクションも大きな劇団でないと。という現状がある。開催後、波及効果として、互いの劇団で客演を行うなどして交流を持ち、情報、物、人の交流ができた。(議事録4ページ)にあるように、国の芸術振興基金は、ついこの間まで練習のための稽古場費用には使えなかったそうだ。基金を作るなら、使う側のニーズにたって考えれば、十分支える役割を果たせる。(議事録11ページ)すでにできあがっちゃった人だけでなく、これからの人たちを支える仕組みを作らなくてはならないのだとわかる。

■金子さんブログ更新していないね 

「金子さん、ブログ更新していないね…」と言われます。
「えっ?しているよ、(気持ち的には)ほぼ毎日」と言い返して、気がつく。

みなさん的には、金子さんのブログは、この「理事長ブログ」を指すようです。が、私がブログといって浮かぶのは「フィルム微助人公式ブログ」でしてぇ。こっちの理事長ブログは一人ボチボチ(頭にはあるが、投稿に苦痛を伴うのであえて毎日訪問は避けて通ってみたり…)。一方、公式ブログは、毎日数回訪問。ということで

金子さん、ほぼ毎日ブログ更新していますからぁ~。

■「持ち出し」ではなく「持ち寄り」加藤哲夫師匠の言葉を振り返る 

年度変わりの準備中。スタッフに「持ち寄り」についてメールを書いている。うまく説明できない。

以前書いたブログ、■市民活動が「時間も知恵も金もかかるワケ」を読み返したものの、まだまだ仲間に説明できない自分がいる。そこで見つけたサイト、日本財団 荻上さんのブログ「晴耕雨読」から
【レポート】加藤哲夫さんのレクチャー「NPOの資金源とその調達方法」【NPO資金講座(福岡編)】
【レポート】加藤哲夫さんのレクチャー「NPOの資金源とその調達方法」【NPO資金講座(北九州編)】

どれも加藤氏から学んだことだが、うろ覚えとなっている。いかん、いかん。再度、上記ブログを拝見させていただき、「そうだ、そうだ」と自分に言い聞かせる。

上記ブログより勝手に抜粋させていただきつつ。

■市民活動的資金調達
③資源の持ち寄りからスタート。
・外からの資金導入は、この公共性を壊す危険性がある。
・資源の「持ち出し」ではなく「持ち寄り」という感覚が重要。
★この考え方が大事だと思いながらも、日常的に考えが逸れてしまう。

・長く続けることがすばらしい、短い人は悪いという考えは改める。

★ミッションが達成したら離れる(解散する)こと。という考えと「短い人は悪い」という考えのハザマで悩む。

■自主事業収入
・参加者の受益者負担を適正に設計し、値段をつけること。
・ボランティア育成講習などで「ボランティア育成なんだから無料で」という誤解。
・プログラムが生み出す「価値」に対する値づけをする。
・貧乏な自分の懐を基準としない。
・講演料は重要な資金源となるので、団体の中で料金表をつくり、明確に金額設定することが重要。
・収益のみを目的とする事業を行うと危うい。ミッションとの整合性、関係性を重視することを忘れない。

★NPO=収入も無償という考え方は、自治体や企業、支援者などの外部にも多くあるが、内部スタッフもその感覚はある。ここからの脱却をしなきゃ。
またミッションとの整合性を測れない。リーダーシップとスタッフ教育も図りつつ、ココにくると思考回路がストップするんだな。

そんなことを堂々巡りさせながら、ブログ更新までたどりつけぬオイラ。

■参加型ワークその3(商品)

■パソコン不調につき 

このところ、頻繁にパソコンエラーとなる。

Illustratorやphotoshopで仕事しながら、wordで文章作りつつ、メールをチェックするのが当たり前の環境だったが、この半年、outlook以外のソフトを起動するのは厳しくなる。年末仕事はリカバリーかなーと思いながら、パソコン再起動を繰り返しながら、ブログ更新を繰り返す。

年末に向けて、お勉強。
絶不調パソコン完全復活マニュアル
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佐々木 康之

YOMIURI PC (ヨミウリピーシー) 2008年 01月号 [雑誌]
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■他県がうらやましい 

今年後半は、他県からの活動ヒアリングが多かった。多くは県や市といった行政からの問い合わせで、民間団体との連携や、撮影支援を行う民間団体を作りたいといった内容。

フィルムコミッションといった場合、趣旨や事業内容から行政が行うべきものだと思う。
が、うまく機能させていく。地域住民との関わりを理想的にもてる手段としては、行政と民間の作業のすみわけをした上で、民間でなければできないこともあると考えている。

現在我々はその両者を段階をおきながら、取り組んでいる。
まずはやってみる。やってみて、ここは行政の方が動きやすい。民間の方が動きやすい。といった事を知ることができる。あくまでも民間なので行政の立場を全て知ることはできないが、体験することで互いの立場を知ることができると考えている。

全国フィルムコミッション連絡協議会に参加すると、様々なことが学べる。多くが県、コンベンション、市などの行政関係者が集まるが、組織や事業や予算、周辺環境など多くの違いがあるが、積極的に動けている組織は共通項がある。できることできないことを理解しているし、どこを目指しているのかが明確である。

話それた。

ヒアリングのなかで、感心されることは、自治体からの補助金や助成金、業務委託費といった資金提供無しに独自に運営をしていること。
これには、限界があると感じながらも、できるところまでやろうと思っている。(あと何年もつかだけど…)また、正しい資金提供でなくてはならないとも思う。どちらかに依存した形ではなく、対等な役割分担と資金提供でなくてはと。(うちらはどちらもないけどね)

行政からのヒアリングでは、民間団体に何らかの資金提供をしつつも、業務をゆだねていきたいといった考え方が多い。フィルムコミッションをやりたいけれど民間が強みの部分は民間にまかせていく。というスタイルは我々も理想である。理想であるがこの静岡県では困難である。毎度ながら静岡の常識が他県では常識ではない。ということを再認識するとともに、他県の我々にヒアリングをしてくる作業自体がうらやましい限りである。

フィルムコミッションは大きな効果とニーズがあるし取り組む意義はある。また地域振興にとっては住民の力は必要です。と言い切る方々がそこにはいる。
静岡もいつかそうなることを目指して…。

■ひとヤマ超えた…。ふ~。 

11月は、本業(飲食店の広報)が忙しかった。11/17技能五輪向けの英語メニュー作成。11/23リニューアルオープンする店のメニュー作り。ほかもろもろ。

微助人は、サポーター会員専用掲示板設置。映画公開に向けての静岡キャンペーンが12/3に終わり、ひと段落。
ふと落ち着いたらと思ったら、もう12月師走だ。

今年もいろんな方にお世話になったなー。

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