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■地域の活性化にも繋がると思うから次も参加する 

三日に一度へこみます。そんな繰り返しを10年やっている。へこみ脱却からの成長は喜びがありますが、成長が期待できない悩み事には無力感が蓄積される。無力感で押しつぶされそうです。年の変わり目、どんな年にしようかと思うと悪い方へ流れだす。

昨日青年会議所の賀詞交換会に出席し、いろんな方に励まされ、ようやく2008年最初の元気を取り戻せそうです。

そんななかホームページが更新され確認していたら、映画「DIVE」に参加したエキストラさんの感想を読んで更に元気になりました。エキストラ出演が地域活性に繋がる。そう思ってくれる人がいる。ことを確認した喜び。声に出し、文字にして、表にだしていかなきゃね。机上論を形にしよう。実践してそれが明らかだと実証してみよう!という会立ち上げ創世記から月日がたち、それなりに熟練したこともあって、今はどう継続していくか、どう発展させていくか。自分の気持ちを整理するのに時間を要しそうですわい。自分の生活より活動を優先するための確固たる意義を見出したい。

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なおみさんから
「映画が好きなので少しでも参加出来た事に喜んでいます。 また地域の活性化にも繋がると思っていますので、今後も是非参加させて頂きたいと思っております。 」

★支援作品のスタッフレポート、エキストラ感想はこちらからご覧くださいませ。
フィルム微助人公式サイトの「こんなロケやっちゃいました
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■あったらいいなプロジェクト 

この数年、活動をしていてモヤモヤしている。

最初はロケのオファーが多くてその対応に追われるとともに、スタッフ確保、システム構築、外部との折衝といっためまぐるしい忙しさで、自分の家のことができていないジレンマから始まった。何でも創るときは楽しい。未知の世界に突入するわけで、机上論を実践することで確証を得られる。辛いことも後に良い経験と思え、構築する楽しみがある。で、ロケ受け入れは何とか形になってきた。

で、観光や産業としての静岡県の役割、位置と、ロケは同様なんだとわかる。東京から近いから観光と同じでニーズはあるけど、近いから地元でなくて東京に就職するように、福岡や名古屋、大阪といった地方大都市のような産業は生まれにくい。といった事がロケでも同じことが言えると。

で、次にロケ支援はあくまで手段なんで、ロケで得た財産を活用していく目標遂行に行動を移さなくてはならないはずが、2006年のしずおかロケーションマップ発行でつまずいた。発行から一年がたって思うことだが、ロケマップ創っているとロケ支援がおろそかになる。実績数値としてはおろそかにはなっていないんだけど、スタッフは同じメンバーだから、倍の忙しさになる。忙しいと気持ちの余裕がなくなる。いともすると目標を失ってしまう。そんな一年間を送ったともいえる。2008年にロケマップ二号を作りたいと2007年には思っていたが、創ることはそう難しくないが、同じ経験をしてはいかんと二の足を踏んでいる。フィルム微助人沿革を眺めたとおり、毎年最低一回は単発事業を開催している。このときは無我夢中でやってきた。精一杯の力を出すと、どこかで栄養補給をしなくてはいかん。ということに気づく。

2007年はそういうことでホームページにリニューアルやエキストラ登録システムのリニューアル、サポーター会員専用掲示板、事務局移転といった内務事業に力を入れた。外向けでなく内向けの事業に専念することを覚悟するに至るまでも辛かった。自分的にいかんじゃないかと目に見えぬ恐怖感にさいなまれた。2008年ロケマップを創るといって2007年も準備をしたものの、決めかねている。ロケマップでいいのか?もっと他にあるんじゃないか?と。

時代の変化にともなって周辺環境は変わっていく。が変わらない内部の課題もある。どんな選択をするのか。そんな葛藤の渦中にある。

で、「自分一体何やりたいのよ!」と追い込んでいくと、詰まるところ「やっぱし、映画とかドラマとかって手段でしかなくて、未だ興味がもてない。でもロケ支援は映画やドラマだし、活動の軸だし」(ドラマや映画観ると、自分を投影させて「このままじゃいかん!なんとかしなきゃ!」とかって思って、楽しんでみることができないんです。バラエティーが唯一の娯楽です。)優柔不断。じゃーどうすんのよ、と。


■あったらいいなプロジェクト
とまぁー、最近やたらめったら会う人つかまえて苦悩に知恵をかしてもらう。昨日久々に写真家の友人とお茶をした。(数少ない文化系の静岡友人)ドラマ「のだめカンタービレ」を見て自分を投影した感想を述べた。あんど、今我々(彼女と私)が携わっていることは、時としてくだらなくて無駄なことのようにも思えて、でも今あきらめては静岡県の文化は変わらないし、後世に対して恥ずかしいとも思う。中学時代に広河隆一さんをはじめとする写真家とその家族がどう世の中の出来事に向かっていくのか、何を伝えていくのかという強い生き方に感化され、今もなおチェルノブイリに行ってきます。というメールを見ると、私もやらなきゃいけない!ともがいているんだす。と話した。そんな私に

「金子さん、ベートーベンを聞きなさい」「クラッシックの良いところは迷いがない世界」「ベートーベンは最後一人で亡くなったのよ」とさ。

クラッシクは、その一曲のなかに完成された世界観があり、作曲家の人生とも言える。(第九やブラームスの話も聞いたがちんぷんかんぷん)オーケストラは、指揮者の人生が映し出されているのよ。その一振りをどう振るのか。次の音符をどの音にもってくるのか。それによって全く違ったものになる。(それに人生をかけて苦悩してきた作曲家など。)

金子「なるほどー、ベートーベンなんて金もって優雅に死を迎えていたっておかしくないのに。最後まで妥協せず満足できずって、すごいな」「ってーことは私のやっていることともラップするんだね」わかったようでよくかわっていないんだけど。

話超それた。タイトル:■あったらいいなプロジェクト だったよな。
金子「今、ロケ支援に没頭しているんだけど、それじゃいかんと。目的からそれちゃうんだ」
彼女の一言「じゃー金子さん、何やりたいの?」
金子「あんなこともこんなことも問題だって思っていて、それを解決したいんだ!」
彼女「じゃーあったらいいなプロジェクトで、フィルム微助人とは別にやったらいいじゃない」
金子「うーん、なるほど。それいいじゃん。」

ということで、モヤモヤしていたのが、ちょっと晴れ間が見えたんです。まだ実行に移してないんで、ピーカンとは言えませんがね。フィルム微助人でやる。と考えると難しさを感じて思考停止しちゃうが、別でやって、なおかついっぱいやりたいことがあるんだから、プロジェクトにしちゃえばイイ。なるほど。

先日、YORIKOさんが電話くれました。行政委任委員の話で、なーなーで話が決まってしまうが、重大な事なのに、これでいいのかー、と。私は気持ちが乗れなかった。とても大事なことだと共感するし、何とかしなきゃいけないと思うだんが、微助人のことに加えて自分の生活基盤のことで頭が一杯なのに、あーもっと考えなくちゃいけないこともあるよなー。という重圧感と、無力感で思考停止しちゃったんです。

さぁーこれからどうすんべ、自分。やるのか、やらないのか!

■行き着くところは、やはり行政の力なのか 

先日、行政の方からヒアリングの申し込みを頂いた。テーマは「地域感覚を身に着ける勉強会」。ぼそっと「金子さんのブログ拝見しました。行政に言いたいことがあるんですよね?」と。

「あー確かにそう言われれば、行政に対しての投稿が多いですよね」
「こんなんじゃいけない!何とかせねば!という発想が、活動の大半を占める源なんで、どうしても愚痴っぽくなってしまうのが私の反省材料です。うんでもって、自分達でできることはトライしても、乗り越えられない壁となるのが、対行政となるわけですね」
と頭を整理しつつ話してみた。

■大昔、こんなことを考えた。「行政はすげかえられない」
商売人として消費者として、商品や定員の態度が気に入らなければ店を変えればイイ。だけどもだっけど…。電気代が高いからといって電力会社を選ぶことはできない。諸外国では、水力を使うかなど選択ができるというが…。(最近は固定電話は企業を選べる時代になった。)電気、ガスと同様、街のことで気に入らないことがあっても、行政を選ぶことはできない。東京在住のときは、子ども持つときには世田谷区に引っ越そうなどという選択肢もあったが。生まれ故郷の沼津に戻って商売を手伝うなかで、長泉町に住もうという選択はない。

そんななか、行政もコンペで選べる時代になったらいいのに。などと考えた。
どんな街にするか。ビジョンを描き、特色のある街、最大公約数の人が住みやすいと考える街にしていくために選挙があり、公約があるのでしょう。公約といっても実現されないことがあるので、最近になってマニフェストが流行っているが、守られているんだかどうなんだか。ってな。具体的な施策や期間や数値目標って、なんだか「できない子供に、整理整頓しましょう」って書いた紙を壁にはっておくような感じがしちゃう。できる子は、着々とやってますからぁー。この市長になって街が変わった!と実感することって体験がないのでわからんが、横浜は変わったと言われている。宮城県も変わったのかなー?新聞やニュースで見る限りなんで、在住者でないとわからないことだが。

言ったことを守る。目標にむかって実現する。他者(在住者、消費者)の評価を求める。問われる。競争によって、イイもの(商品、街)ができる。商売と行政を同列に並べて考えてみたんです。そうすると、行政こんなんでいいの?と思う。選挙では市長を選ぶが、市長だけでなくて職員も選ぶことができないと変わらない。企業もコンペが優秀でもその実績が会社によって違うでしょ。実施できる能力があるのかは社員の腕だよね。

もちろん、営利企業と公共事業は大きくその性格は異なる。

■民間感覚
様々な行政施設で民間人の採用が流行っている。ニュースになるがこれもどうなんでしょう。行政と民間の間に多きな溝があることは確かですが、行政職員も同じ人間。同じ地域に暮らす人と考えているので、民間人の採用で大きな成果をあげた。なんていうのは恥ずかしいっていうか。喜べないニュースだと思うんです。

■優秀な職員は出世しない。
何度かブログで書いているように、優秀な職員や事業(やり方)はいくつかあります。がそういう人を見つけるのは、行政と一緒に何か仕事をしたことがある人しかわからないんじゃないかと感じる。すなわち、そう思える人が少ない。役職についていない。大きな力(影響力)をもっていない立場、社内空気になっていないのではないかと。

話それるが、ある市町職員が、出向で隣町にいきました。隣町の職員の影響力によって自分の市町が見えてきた。やりがいをもって仕事に取り組めて楽しいと。そんな彼に言いました。「じゃー帰ってきたらその力を発揮してね」と。彼は「いやー、今の職場や上司仲間だからできるけれど、たぶん戻ったら静かに暮らすこととになります。うんでもう一年出向をのばしてもらいます」ありゃま。そりゃ残念。若いからこれから先に期待するけれど。ちょいと前にも若くて意気込みのある職員が退職してしまって残念な思いをした。

まーこんな話は行政でなくとも、企業でも、NPOでもあることです。だけどもだっけど、行政はすげかえられない組織なので、未来永劫我々住民はお付き合いをしなくてはならない。よって能力が発揮できない。ではいかんじゃないかと思うんす。

ある行政人事職員さんに、この悩みを相談しました。「この分野にたけていて能力あるのに、なぜ他の課にいくの?」「逆にこの分野を理解していない人がこの事業の役職についちゃうの?」と。(異動の必要性は若干理解しているが、事業がガタガタじゃん)
どうやら行政職員としては優秀である。=民間人が優秀であると思える人ではない。図式なんだと解釈しました。「県職員としては優秀なんです」いやーそれがわからん、わからん。触れてみたことないからさ。もっと知りたいなー。

■話もどって、行き着くところは、やはり行政なのか
そんなわけで、物を買うのと同じく、街で暮らすには、対行政は必然です。でそこでいい思いもあれば、気に入らないこともあるわけです。お付き合いは未来永劫ですから愚痴ばかり言っているのも楽しくありません。気に入るように自助努力もしなくてはいけません。行政頼みでなく、自分達で街をよくしていこう。っていうやつです。で、そういう努力をしてきました。NPO法人を作るということは、公共サービスのニッチを担うわけですから。単発のボランティア、まちづくり活動ではなく、組織として継続していくぞ!と、覚悟を決めたNPO法人を作ったんです。職員はそれが本業であり、給料がでていますが、民間はNPOといった活動は職員とは異なりますから、相当な覚悟と努力が必要です。
で勉強したりしつつ歩み寄りをしていきます。で、ここで対等だと思っていた関係が対等でないと気づきます。最近流行の協働なんていう言葉もまやかしですが、行政委任員、タウンミーティング、補助金、業務委託。どれをとっても根本から違う気がする。職員も我々も同じ街に暮らす人。職員は職員の得意分野を生かして、我々は我々の得意分野を生かして、互いに協力しあって街を住みやすい街にしていくんだ。そう考えていたんだが、違うんだと活動をやればやるほど、民間と行政の溝、壁が大きいことを知りました。

■押してだめなら引いてみな
行政委任委員で事業を進めていく中で、たいしたことでないこと(委員は他に誰がいるのか?)をお願いした。が出せないという。ある委員が出せないならば、書面に書いてお願いするとか、礼儀を尽くして、段取りをへてやるだけのことをやってみてはどうか?と助言される。確かに、おっしゃるとおり。そりゃわかる。だどもさ、我々の目標は事業成功であり、こんなところでつまづいていては先が思いやられるぞ、と。互いに礼儀を尽くすことは大事だが、それ以前に委員を引き受けるにあたり、どんな事業をやるのかを考える上で委員は他に誰(分野に長けた人)がいるのか。を知らせることは前提だと思う。こちらが礼を尽くす。の以前でないか。とね。
たとえ話だが、こういったことってたぁーくさんある。そんときに、民間人の選択は2つ。(1)委員をやめる。(仕事も忙しいのに、そこまで労力かけられない)もしくは(2)要求をせずに黙ってついていく。(とりあえず委員でぇー)
商売ならありえない話だと思うんだ。提携先に企業とは対等でありたいと思うし、対等でない場合は互いのメリットを計算して条件を飲む。が、対行政では行政の常識で黙り込むことがまかりとっている。

大昔、街のことやるときに、私の意見も聞いてもらいたい。と思って、中心市街地活性化の行政委任委員になりたいと必死に動いたときがあった。委員になったら、決まったことに責任を持ちたいと思った。結果的にはできなかったんだが、委員として名を連ねる人はいつも同じ顔ぶれで、行政が決めたことだから我々には責任がないという。そんなのイヤだと思った。そんなんじゃ街は良くならないじゃんよー。飲み屋では不満たらたら言うのに、なんでその意見を会議で言わないのよ。と思う。

行政委任委員になると、人によってはハクがついたり、商売につながったりする。会議ではだんまりで、そんなんでいいのかとジレンマ。でもそういう人を選んでいる。という行政側の意図もあるから仕方ない。という堂々巡りだ。住民の意見を聞きました。とね。


■地域ニーズとは、時として批評でもある。それに耳をかたむけられる人、できない人。
自分ができているかと思えば、できていない事もある。可能な限り情報はオープンで意見を聞き、修正をして結果より良いものを創っていきたいと思う。聞き入れられない意見は、考えこまれていない、本人が実施する意欲ない、無責任な意見。匿名の誹謗中傷。
あんど、活動をしていて怖いのは、批評でなく、意見をもたないだんまりの人をつくってしまうこと。(囲まれること)そう考えている。

こうやってブログで日々の気持ちを書くことは、時として行政に対して批評となるんであろう。具体的なことは書いていないので、改善する余地はない内容ですが、良い街にしていこう。気持ちよいやり方ってどんなんだろう。を考えるための一つの手段であり、そういった意見があることを互いに耳を傾けることが必要だと思う。互いにといえば、行政職員の思いを語るツールなどもあったらイイ。ブログというツールは基本一方通行なので好きではない。先にブログで投稿したように「静岡県電子会議室」なるものが創れたら、職員も住民もそれぞれの立場で責任をもった意見交換ができたらいいなと思う。

■明けましておめでとうです 

新年迎えました。

みなさま、今年もどうぞよろしくお願いいたします。

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